商売の始まりは無料から

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現代においては無料ビジネスはどこにでも存在する。

この手法は現代に始まり、急速に広まっていった方法である。

 

手法のからくりを知らない者が多く存在した時代は荒唐無稽な手法だと馬鹿にされ相手にされない手法ではあったが現在においては無料商法を馬鹿にする者が馬鹿にされる。

 

そう、この無料商法は現代において発明された画期的な手法なのである。

 

と、思っていたいたが、本当にそうなのだろうか?

 

 こんな手法は昔から絶対に存在していたに決まっているのだと私は考える。

その手法に対して言語化がなされていなかっただけである。

 

よって、当然ながら無料商法という言葉が発生する前の現代でもその手法は日常において使用されていた、ということだ。

 

端的な例であれば、

好みの異性に対してアプローチする「あれ」だ。

 

「あれ」は見返りが確実ではないことを認識しながらも、その可能性に期待して無料で行う。

 

その「あれ」によって異性からの好意という多大な恩恵を得られると期待してのものだ。

 

※「あれ」とは貢ぎ物のことである。

 

 

この件で私は何を言いたいのか。

言いたいことは2点ある。

 

一つ目は日常生活の中の些細な取るにも足らない行動でも、それを商売に活かすと大化けする可能性があるということ。

 

二つ目は無料商法というものは日常生活では多用している方法なのだから、気負いせずにどんどん使ってしまえば良いのだ、ということだ。

 

 

最近は何でもかんでも無料である。

そして無料によって多大な利益を得ている企業などいくらでも存在する。

かのグーグルだってそうなのだ。

 

無料で可能な商売が大きな可能性を秘めているのなら、

私やあなたがすぐにでも大成できる可能性も十分に秘めている。

 

何かを始めるにあたって別にお金を掛ける必要はない、これが今回の趣旨である。

無料のサービスでも十分に利益を出している人はいるし、いくら初期投資を豪華にしたところで何の利益も出せずに潰れていく人もいる。

 

要するに商売とは相手が欲しい物を提供する事によって金銭を得る行為なのであるし、その相手が欲しい物が必ずしも金銭を掛けなくては提供できない、という訳ではない。

 

むしろ無料だからこそ率先して求めるくれる事もある。 

 

イデア一つで巨万の富が得られる時代である。

お金を掛ける事より、とにかく労力をかけ実践を繰り返すことの方が大事なのではないだろうか?

それこそ無料で開始できる事はごまんとあるのだ。

 

そういう小さな芽から育てていくことが生まれる希望はたくさんあるはずである。