やりがいと経験値

 

 

 

仕事や部活、もしくは友達との競争でもいい、目標、ノルマ、期限などのタスクに対して与えられた制限事項があると、そのタスクにより熱中する傾向がある。

(無論、その制限事項が適切な範囲ないであればだが)

 

社会生活上では目標、ノルマなどは利益向上のために存在する規定ではあるが、それを達成したときの快感を実行者に与えてくれる。

 

今回はその制限事項に対する危険性についての話である。

 

 

上記を制限事項に対する説明だけであるならば、それは人の仕事効率を高め、さらには仕事に対する意欲も高まる、非常に有用なツールだと考えられるかもしれない。

 

その面は実際その通りで仕事を行うにあたってはなくてはならない要素である。

 

ならば、何が危険なのか。

 

それは、「どのような仕事であれ、人を熱中させ、その仕事によって快感を得られてしまう」ということなのだ。

 

これの何が危険なのだろう、良いことばかりでは何のだろうか。

そんなことはない、問題は「仕事の内容が」何であれ、熱中させ、快感を得られてしまう、ということである。

 

そう、つまりは仕事の内容に対して、もっと言えば、その仕事によって自分がどのような経験、知識、知恵を積むことができるのか、ということに意識が向かなくなってしまう。

 

これは非常に危険である。

 

何のスキルにも経験にもならないような仕事をいつまでも延々と行ってしまうからだ。

そして、その仕事がなんらかの都合で消失してしまった時に、スキルと経験が足りないばかりにできる仕事がなくなってしまう可能性が高い。

 

だからこそ、

・自分がやっている仕事がどれくらいの利益を生み出していて

・どんな経験が得られて、どのようなスキルが高まるのか

・今後どのような利益を生む可能性があるのか

それを仕事を行うに伴って考える癖をつけることはとても大事である。

 

でないと、ニンジンをただ追いかけるだけの馬になってしまう。

 

とはいえ、目標、ノルマなどが与える「やりがい」ということも大事だ、それがなくてはそもそも人は仕事を続けることが難しくなるかもしれない。

 

だから、経験とやりがいの両立が大事なのだ。