腹を割って話そう

スポンサーリンク

 

 

 

人と人が仲良くなるためには何が必要か、前提条件として、その人の本音を聞き、自分の本音を話す、それが第一条件であると思う。

 

その人の深い部分を知らないでその人を心から信頼できるだろうか、私ならばできない。

 

自分の深い部分をしらない人を心から頼ることができるだろうか、私ならばできない。

 

人となりや考え方、今までの生き様など、人が人を信頼するにはさまざまな要素が大事となる。

 

確かに大事ではあるのだが、それはもしかしたら絶対的には必要ではないと最近考えるようになった。

 

 

よっぽど、どうしようもないレベルでその人同士の思想、信念が違っていない限りは、腹を割って話し、お互いの本音を理解し合う、ということだけで、信頼関係というのは

生まれるのではないかと思うのはだ。

 

なぜならば、信頼関係とは、突き詰めて言ってしまえば、

「その人がどのような行動をとり得るのか、又、ある事象に対して

どのような考えを持つのかどうか」

という所の予測がより行いやすいかどうか、という部分があるからだと思っている。

 

予測が付くのならば、それは安心である。

安心を感じる相手には好感を感じるのは当然である。

 

信頼関係という綺麗な言葉を汚すようで申し訳ないが、自分の身の危険性がいかに少ないかという事が信頼のバロメータになっている部分は十分にあるのだと主張したいのだ。

 

だから、腹を割って話すことは、信頼関係を結ぶことにおいて非常に有用である。

 

自分という人間の本音を相手に知ってもらうことは、相手にとって非常に安心であるのだ。

 

しかし、その際に注意点はある。

 

相手から見て、自分という人間が本当に腹を割って話しているのだ、という確信を得させることが重要である。

 

実際に自分が心からの本音を言うことは勿論大事だが、感じ取るのは相手なのだから、相手に「コイツは本音を言っているのだな」と判断してもらわなくてはならない。

 

そのために何が必要か、バカになることである。

つまりはこの人間は演技や虚飾をしないのだと思わせることである。

 

そのためにはバカになることが簡単な方策である。

 

バカに演技や虚飾はできない。本音しか出てこない。

 

そのためには何をするべきか、いつもバカでは仕方がない、されどたまにはバカであれ。

ということで、そのためのツールが「お酒」である。

 

お酒は一時的に人をバカにしてくれる。

 

だからこそ本音が伝わり、人と人の潤滑油になるのだ。

 

古来から伝わるお酒、いつも飲んでいてはどうしようもないが、最近は飲み会などにも消極的になっている人が多いという。

 

お酒ばかりに頼ってコミュニケーションを行うのはいかがなものかとは思うが、コミュニケーションのきっかけになり得るのはお酒である。

 

全くコミュニケーションが取れないよりかはある程度のツールに頼ってでも、コミュニケーションを潤滑にしてはどうだろうか、人間は道具を作り、利用することで発展してきた動物である。

 

何も気にする事は何もない。

 

腹を割って話すという大変な行動にはそれぐらいの補助はあってもなんの問題もないのだ。