人の善意につけ込む人は

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「トイレ貸して」大阪の小学生?2人組の驚くべき窃盗手口 高齢者だけ狙って連続6件、エスカレートの恐れ--yahooニュース

 

どんな人間であろうと、許されるものではないだろう。

 

それが、老人だろうと子供だろうと。

 

巷で言われる、「子供のやる事ですから」という発現が私には全く理解できない。

 

 

子供だからこそ、真剣に叱るべきだし、罰を与えるべきではないだろうか。

 

それこそ、こんなやり方を、こんな金の稼ぎ方を子供の内に身に付けて味を占めてしまったのなら、この人達は似たような生き方しかできないではないだろうか。

 

それくらい、子供の頃の体験というのは人生に影響を及ぼす。

 

だからこそ、これが間違っているということをしっかり教えなくてはならない。

 

そして、この話の問題点は「人の善意につけ込む」という点にある。

 

犯罪の手口にはそういった善良な人間がターゲットにされるケースというものは多く存在する。

 

でも、子供のうちからそんなことをするのかと思うと、複雑な心境になってしまう。

 

子供だからなのか、昔からあったものなのか。

 

おそらく、そういった面もあるのだろう。

 

しかし、確実になされなくてはならないことは、その犯行を行った子供たちに対する罰である。

 

これがなくては、子供たちがその行動を悔い改める機会など、そうそうあり得ないからだ。

 

そして、それは絶対にその子供たちのためにならない。

 

現状の社会制度からすると簡単な話ではないのかもしれないが、これからの社会には子供に然るべき、罪と罰を教える制度が必要である。