時間という嘘。

 

 

 

もしもタイムマシンがあったら何をする?

 

そんな話はよく話題に挙がる、そしてタイムパラドックスが起こるから無理だとか、そもそも人間の科学力では実現できないとか、そんな事ができるのならもう未来人が来てるからありえないだとか。

 

そのような話で花を咲かせたことのある人はきっと沢山いるのではないだろうか。

 

私もその中の一人である。

私だったら、株だとか宝くじだとかの情報に目をやるのだろう。

 

ブラックホールがなんだとか、ワームなんたらがどうたらすれば、タイムワープができる。でも今の技術じゃ無理だけどね。

みたいな話が科学情報誌でも取沙汰されている。

詳細な話は理解できなかったが、、、

 

 

だがしかし、私は最近思う。

 

 

「時間なんてモノはそもそも存在しない」のだと。

 

単純にそれだけの話なのではないかと思うのだ。

これだけでこの話は終わりではないかと思うのだ。

 

ただ単純なる、好奇心と人の心に宿るファンタジー精神が時間はあるという確信を作り出し、それを絶対の前提として考えているだけなのではないだろうか。

 

だってそうじゃないか、時間というのは人間達が生活を便利にするための「概念」なのだから。

 

人間達が行動や集合といった行為を行うための便利アイテムが時間という定規なのであって、定規はモノだが、センチメートルは概念である。

 

それと同様に、時計はモノだが時間は概念である。

 

人間全体が共有している概念であるから、それがまさに存在するかのように感じているだけなのではないか。

 

だからタイムトラベルは実行不可能である。

 

もし、無理やりにでも実現するのなら、地球と同等のモノを作成して、さもタイムトラベル後の世界のように改変するか、人間にタイムトラベルができたのだと思い込ませるしかないと思う。

 

そういう意味で後者の理屈であれば、これからの科学の発展次第では擬似タイムトラベルは可能だ。

 

ただしかし、タイムトラベルが可能なのであれば確かにそれは面白そうだなとは思うし、本当に実現し得る可能性だってない訳ではない。

 

それこそ、現代の科学技術の発展は凄まじいものがある。

 

案外、一年後とかに簡単にタイムトラベルができる時代が来るかもしれない。

そう考えると楽しい。

 

やはり、人間にとって好奇心とファンタジー精神というのは非常に高価な栄養であるのだろう。