弘法になるなら筆は選べ

 

 

 

昔の人は言いました。

「弘法は筆を選ばず」

こんなことを言ったの誰なのでしょうか、弘法が筆を選んでいない瞬間でもカメラに収めて週刊誌にでも寄稿したのでしょうか。

 

いいえ、きっとそんなことはないはずです。

 

物がなくて、それはもう全く物がない。

そんな時代に作られた言葉なのではないかと私は推測しています。

 

お前ら、今の時代は道具の類が全然ないんだ、だからつべこべ言わずに現状持ってるものでなんとかしろ。

 

そんな風な主張を覆い隠すための格言ではないでしょうか。

 

真偽はともかく、今の時代は物に満ち溢れています。

掃いて捨てるほどにある商品の中から仕事、学習に適したものを選べているでしょうか。

 

案外、今その場にあったものを延々と使ってはいないでしょうか。

 

 

勿論最初に何かを始める時に、最初から道具選びに頭を巡らし行動に移れないのでは論外なので、その場にあるものを使っても問題はないのです。

 

しかし、自分の能力が向上にするに合わせて、やはり道具のランクも向上させるべきなのです、でないと表現したいものが表現しきれない、効率の悪い時間を過ごしてしまう

なんていう弊害が発生してしまいます。

 

そうなると、始めの内は努力も行い能力も向上し成果も上がっていた、なんて状態から努力はすれども、能力は変わらず、成果は平行線、なんてことになってしまいます。

 

無駄な努力ほど、悲しいものはないと思います。

 

身の周りにあるものを一新するだけで、飛躍的に能力、成果が向上することはよくあることです。

 

断捨離とまでは言わないですが、せっかくの年末なので、これを機に道具のリフレッシュも良いのではないでしょうか。