できるだけ避けるべき仕事

仕事をして、お金をもらう。

そうやって我々はそのお金で家に住み、ご飯を食べ、生活している。

 

だから仕事は大切だ、どんな仕事でも一生懸命にやろう。

そう思って毎日汗水流して、働いている人もきっとこの社会にはたくさんいるだろう。

 

しかし、一生懸命仕事をするだけでお金が自動的にもらえる訳ではない。

その事実に気付かずに盲目的に仕事を続けてしまうと、

頑張ってたのに何も成果が得られなかった、

急に仕事がなくなった、

ということになりかねない。

 

何故、そうなるのだろうか?

 

理由としては、たいていの人間は頑張っているからだ。

それだけでは他の人間より優位に立つことはできない。

 

では、どのような観点をもって仕事をすれば、

効率的にスキルアップし、お金が稼げる人材になるのだろうか?

 

その点については何をすれば、絶対に上手くいくようになる。

という普遍的な回答を示すことは今回はしない。

 

しかし、確実にやってはいけない、避けるべき仕事がある。

 

「既知、単純、繰り返し」

 

この三点に関連する仕事は避けるべきである。

確かに金銭的利益は発生するのかもしれないが、

あなたという人材の価値を高めてくれる要素は一つもない。

 

こういうことばかりしている人は、いずれ無用な人材として、

誰からも求められなくなります。

 

さらには、最近はロボットの発達が著しいので、

いずれは低賃金の仕事にすらありつけなくなるでしょう。

 

しかし、問題点は

人材的にあまり価値のない人間ほど、先に挙げた仕事に喜んで飛びついてしまう。

ということである。

 

理由としては以下が挙げられる。

 

  • 無能な人間でも、できる。
  • そして、淡々と作業ができるから、仕事をやっている感じがでる。
  • それでも一応給料は出る、恰好はつく。

 

 

人間の無用なプライドを守るためには、非常に魅力的な理由である。

 

そういった理由で、

できない人はつまらない仕事しかしないから、さらに価値のない人材となり、

できる人の元には自分の人材的価値を高める仕事が残るから、

さらに価値のある人材になる。

(残るという表現は不適切かもしれない、できる人は積極的に

人材的価値を高める仕事を手に入れに行くからだ。)

 

富の二極化構造は社会的構造よりかは人間の性質による部部が大きいのだろう。

 

だから、自分が不出来、できない人間だと薄々感じているのならば、

「既知、単純、繰り返し」

の要素が含まれている仕事は積極的に避けるべきなのだ。

(こんな仕事のために残業をするべきではない)

 

そして代わりにできた時間で人材的価値を高める仕事、勉強でもすればよい。

 

仕事はただお金を儲けるためにするのではなく、

仕事をすることにより、さらに仕事を呼び込む、という意識は重要である。

 

また「未来、将来」という視点を入れて仕事に取組みと尚良いだろう。

お金を儲ける人というのは、

未来、将来を見据え、先行して行動していくものだからである。

 

仕事がつまらないと嘆く人がいるが、

既知、単純、繰り返しの仕事がつまらないのは当然である、

人間はそういう風にできていないし、

そういう人がいたら、その人におそらく成長はない。

 

せっかく、無意味な仕事をつまらないと感じ取れるだけの才能があるのだから、

その才能を生かし、新たな事に挑戦してみてはどうだろうか。