ポジショントークを通して学ぶ、自己のキャラクターのブランド化

有名な人、できる人、そういった人は勿論能力もあるし、発想も斬新である。

 

しかし、それだけではない。

奴らは、自分を肯定する能力が非常に高い。著しく高い。

どんな周囲の人間から批判、避難されたとしても何の問題もなく平気で当たり前に自分が正しいと信じ切っている。

 

そういう人間には、自然と信者がついてくる。

どんなに能力があっても、どんな素晴らしい発想でも、それを行使する人間が、

「もしかしたら、間違っているかもしれないけど」とか

「できる可能性がない訳でもないかも」とか

そんな自信のない態度でいたら、付く信者も付かない。

 

それ故にできる人は息をするようにポジショントークをする。自分に自信があるのだからこれもまた当然のことであるが、自信のあるポジショントークは根拠が皆無であろうと人を引き付けて止まないない魅力がある。そういった人の話は単純に聞いていて楽しいのだ。

 

総括するならば潔く、自分が大好きな人は成功するし、人も自然と集まってくるのだろう、だってそういう人と居たら気持ちがいいから。

 

成功する、お金が儲かるっていう面は勿論、能力的な面に大きく依存するのだけれども、それだけで皆上手くいっているなんて現実はない。東大出身のニートだって存在する。

 

それとは反対に、大して能力がない人間でも、キャラクター性だけでとてつもない金額を稼ぎ出している人間もいる。(特に芸能界に多い)

 

今、自分に能力があるにも関わらず上手くいっていないという悩みがあるのならば、当然の帰結とも言えるのだろうが、そういった自分のキャラクターの確立という面に意識を向けてみたらどうだろうか?

 

人が人に話しかける時、全く知らない人より、よく知っている人の方が話かけやすいのはなぜだろうか?

当然、良く知っているからである。そこについて深く掘り下げるつもりはない。

 

では、知っているけれど、それは事実として、単語の一つを暗唱するように知っているような人と、

知っていて、尚且つ相手が理解しやすいキャラクターを有していて、どのような話が好きか得意か、また自分から働きかけるアクションに対してどのような反応が返ってくるのかがある程度分かる人がいたら、

どちらが話しかけ易いだろうか?

 

私は後者だと思う。やはり安心感は人と人が繋がるにおいて重要項目である。

(ちなみに人と人を引き離すのはマンネリである。ある程度は理解されて構わないが、完全に理解されてはいけない。)

 

だからこそ、自分という人格を、世間一般から受け入れられやすいようなキャラクターに変換するという作業はコミュニケーションにおいて効果的である。

 

相手とコミュニケーションをとるということは、相手からの視点で思考、行動しなくてはならない。

自分から見たら、今までの王道的人気者の性質しか有していない、新しさのないキャラクターだと感じたとしても、王道パターンはどんな時代でも需要がある。好まれる。

 

だからこそ、商品を販売するように自分の人格を分析して、市場にマッチングさせるという作業は効果が上がる。

 

まぁ、言うまでもないことではないと思うが、このような作業は社会的商売的には非常に効果的だが、自分自身には結構なストレス、ダメージがある。

 

用法用量は自分の適性とよく相談し、無理のない範囲でバランスよくご使用下さい。