つまらない人生を改善するいくつかの法則!みたいな記事、つまらない。

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私は人生がつまらないと思ったことがある。

そしてそう思った時の自分の心情は不明だが、なぜかgoogle先生に愚痴ってしまう。

「つまらない 人生」みたいな感じで。

 

あぁ、自分は何やってるんだろうと思いつつも、延々とネットの海にある情報を探してしまう。

都合の良い打開策が自然と見つかるのではないかなぁと期待している自分に呆れる。

 

トップから順々に気になったサイトを見てみる、今まで何度も何度も検索しているワードだけに何度も見ているサイトもある。

 

その度に思う。つまらない、と思う。

 

なぜだろうか、つまらない人生打開系のサイトが決して有用な情報を提供していない訳では、きっとない。工夫を凝らしているサイトもあるし、テクニックそのものは誠実に実践すれば役に立つものあるのだ。

 

しかし、自分の中の根本的なモヤモヤは晴れない。

 

なぜだろうか?

 

 

当たり前の回答に辿り着くのだけれど、

人生がつまらないという超巨大な問題が、

ネットの海のある、超一般多数のための抽象的な解決法で簡単に解決できる訳がない、そんなのでスッキリする訳がない、ということである。

 

つまらない人生と思ってはいても、

助言一つで解決する程に自分の人生は小さい訳でもない。

 

どんな人間の人生だって、一人一人の人生は膨大である。超巨大である。

 

そんな超巨大な壁に軽く立ち向かったところで、かすり傷にもなりやしない。

ましてやヒビが入るなんてことはない。

 

避けて通るにも一生付きまとう問題である。

ずっと避け続けることができるものではないだろう。

 

そうであれば、どうするべきか。

 

やはりこれは個人で戦うしかないのだ。

周囲の力は得るとしても、それはサブでなければならない。

メインはやはり自分である。

 

どのように立ち向かうのか、

そんなもの苦悩するしかないのだと思う。

 

必死で悩んで、苦悩して、自分の才能と残りの人生とやりたい事を並べて、その中でいかにして人生を楽しくするかという問題に必死に問い続けなければならないのだ。

 

その超巨大な問題と真剣に向き合って、自分の人生がどうすれば楽しくなるのか。

という計画、希望などを見出すべきなのだ。

 

そういった自分自身の中からひねり出した答えであれば、それがどんなに卑小なものであろうと、納得できるのではないだろうか?自分の人生に納得できるようになるのではないか?とそう思う。

 

人生つまらない問題を、誤魔化して、見ないで避けて通ることも可能ではある。

しかしそういう人間の人生の最終的な感想はやはりつまらない、となってしまうだろう。

 

そう考えるのであれば、今現在、人生つまらないと思っているのであれば、それは自分と向き合うチャンスなのだろう。

 

漠然と感じているだけでは中々行動は変わらない。ならば、今、本気で感じている、つまらないは、本気で人生を楽しくしたいという心の叫びである。

 

自分の人生を始まりから思い出して、何が楽しかったのか、何が嫌だったのか、何が得意だったのか、何がやりたいのか。現実的にそれはどうすればできるのか、少しでも人生を楽しくするためにはどうすればいいのか。

 

そういった自分の人生のこれまで、これからを細かく真剣に考えることで得るものはあるだろう。

 

少なくとも、何度も何度もgoogle先生に無駄愚痴を吐いているほど、人生は長くはない。

 

何か一つでも蜘蛛の糸ほどの希望でもいいから、懸命に辿るしかないのだろう。

 

道のりは簡単ではないかもしれないが、そういう道を探求し続ける人生は、上手くいこうが、そうでなかろうが、楽しい人生ではないだろうか。