自己評価の低さってどこから来るのだろう?。根本原因は本当に色々。

 

 

 

 

自己評価が著しく低い人がいる。

 

自分の顔は良くない、とわめきちらし愚痴る人がいるが、具体的にどんなところが気になるのかと詳細に聞いてみれば、鼻が低いだとか、目がもっと大きければよかったのにだとか、頬がたるんでるとか。

周囲の目から見れば、全然気にならない、というか結構どうでもいいようなことを主張する。

 

または、自分が勉強ができない、なんて嘆く人もいる。

学生の時にもいたと思う。テスト全然できなかった旨の話を周囲に言いふらし、いざ答案が返却されると、もの凄く成績が良かった、なんて人が。嫌味なんだろうか。

私はできたと思い込んで、答案が返却される絶望するタイプの人間だったので、よく裏切られたものだ。

 

そういう自己評価が低い人というのは、どういう心理なのだろうか?

 

それが私は疑問で仕方がない。私はあまり優秀な方ではないし、上手くいかない時は落ち込んだりするのだが、それでもその自分の欠点を大っぴらに他人に言いふらしたりはしない。

 

自分の欠点をよく周囲の人間に話すことができるなぁと感心する。

 

なので、自分の欠点を周囲に言いまわる人、つまりは自己評価の低い人についていくつかの分類、分析をしてみた。

 

・本当に自己評価が低いケース

冷静に分析した結果、自分のとある能力が平均以下であり、そのため不快な思いをしている場合。そういうことが積み重なり、自己評価が低くなってしまった。

これが一般的な、意味通りの、悩んで当然の、周囲が気を遣ってあげるべき自己評価が低いケースである。

こういう人がいたら、真剣に自分の悩みを話している人であり、きっとその気持ちを打ち明けるのにも相当な勇気を要しただろうから、親身になって聞いてあげたら良いのではないだろうか。

 

・そもそも自己評価なんて低くない余裕ぶってるだけ、もしくは周囲を小馬鹿にしているケース

コイツである。こういう輩に私は裏切られ続けてきた。

こういう人は先の例でも挙げたとおり、テストが終わった瞬間は自分を卑下して、周囲を褒めちぎり、尊敬のまなざしを向ける。

しかし、テストが返却されたみれば、その言葉の端から端までが嘘と裏切りに満ちていたことがわかる。

本人は、ぐうぜんよかっただけぇぇぇーーーたまたまだよぉぅ~wwwwwww

みたいなことを平気で口走りやがるが、

毎回である。毎回同じことをやる。

五回目くらいで私は気づいた。コイツは嘘をついていると。

 

・本当は自己評価は低い訳ではないが、不安は大きい。だから予防線を張るという目的で周囲に言いまわるケース

これは大きなイベント事、つまりは一発勝負の際によく表れるケースである。

これはある程度仕方がないと私は思っている。

誰だってそういう類のイベントで不安になってしまうことはあると思う。

そして、その不安をそのまま直接吐き出せる人なんてのは、あんまりいないのである。

はっきり自分は不安である。なんてことが言えずに、自分はダメだから。みたいな台詞に変換されてしまうことはよくあることである。

だからこそ、こういう時はその人の不安をしっかりと受け止めてあげ、少しでも不安を解消できるように手助けできればいいのではないだろうか。

(もし嫌いな人だったら、そこがチャンスである。)

 

・確かに自己評価は低いのだが、それは理想が高すぎてからこその自己評価の低さである。

 

私はこれが非常に問題であると思っている。

理想が高いということは決して問題ではない、それ単体では良いことである。

しかし、問題は理想が高すぎることによって、標準的な人間までをも侮蔑の対象に入れてしまう人がいる。

 

高すぎる理想を平均点と考えてしまうため、標準的な人間が著しく劣っている人間に見えてしまうのだ。

こういう人間は結構いる。向上意欲が高くて好ましい部分はあるのだが、自分自身も理想には程遠くて落ち込む、そのくせ一般人のレベルに低さに対して軽蔑する。という自分にも他人にも悲しい結果を呼んでしまうことになる。

 

理想が高いがために焦り過ぎてしまっているケースである。

 

そういう人間は痛い目に遭うか。もしくは知人、友人に考えを改めてもらうかしないと中々改善しないと思う。

なぜなら、理想に対して盲目的になってしまっているからだ。

だからそういう時に周囲の力は非常に大切である。

 

大切な人がそういう状態になってしまっていたら、優しく、当人をあまり刺激しないように助けられたら良いのかもしれない。

 

以上、自己評価について、いくつかの分析をした。

 

単純に自己評価の低さといっても、人の心は複雑であり、十人十色なので、一概に自分を卑下する言葉が吐かれたからと言っても、ありのままで鵜呑みしてしまうのが早計だ。

 

どんな人がどんな状況でどんな人に対してその発言をしたのか、ということに注意を払い話を聞くことができたら、今まで以上に周囲の人間を理解できるようになるだろう。