編集能力の有無が失敗と成功を分ける。

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編集と魅せ方

 

編集という行為。

 

数多くの材料の中から、テーマに沿った物を選別し、分解、加工、合成などの過程を経て完成させる作業。

 

一つのテーマが提示されたとしても、作成する人、時、状況により、使用される材料から何までも全く違い、完成させるものも何一つとして同じものはない。

 

個性がないと思い込んでいる人でもオリジナリティに溢れたものが出来上がるだろう。

 

編集という行為は短いスパンで見るならば、完成度の高い、一貫したテーマで作成することはある程度熟達したものでも可能である。

 

しかしながら、より巨大で長期的なスパンのテーマの編集ということになってくると、これを自在にコントロールすることができる人は少ないだろう。

 

なぜなら、一つのテーマに対して掛かる時間が多ければ多いほど、自分という存在もまた変化していくからである。

 

一つのテーマに一貫した内容を込めることが困難になってくるのである。

昨日の自分と今日の自分の差異を正確に把握することは難しいが、

3年前の自分と今日の自分の差異を把握することは容易い。

 

自分の変化というものが強制力を持っているからこそ、長期的なテーマに対して一貫した答えを提示することは難しい。

 

編集とテーマ

 

よって、人間が編集という行為を行うにあたっては、特に長期的かつ巨大なテーマを扱うに当たっては、ある一つの対策を往々にして取る。

 

テーマそのものを変化させる、という対策である。

 

最初に自分の中にあるテーマに対して作業内容を変化させるのではなくて、作業内容によって最終的なテーマが変化していくということである。

 

無意識下に行っている人はおそらく膨大である。

 

将来の夢は叶わなかったが、しかし将来の夢を叶えるための努力をしたおかげで今の私がいて、こういう事ができているんだよね、新しい夢にも役に立っているんだよね。だから昔、夢に対して努力したことは必要なことだったんだ。

 

という具合である。

この場合は夢を叶えるというテーマが完成させられなかったため、その未完成のテーマを次の夢をための材料としている。

 

つまりはテーマと材料の扱いが逆転している。

もっと長期的なスパンでのテーマの作成ということになっている。

 

編集という行為には、特に人間が個人で行う編集においてはこういったことはよくあるケースである。

 

編集と柔軟性

 

人間が柔軟性をもっているからこそできる芸当である。

 

これは勿論非常に大切な事であり、これができない人は挫折、失敗したテーマを一生引きずり、苦しむはめになる。

 

よって編集能力というものが優れている人間は深く苦しむことがない。

 

なぜなら、自分の失敗さえも完成させるテーマにとっては有用なものだったのだと考えられるからである。

 

不要なことなど何もないから、全てが有意義である。

 

失敗に対して、正しく反省ができるのであれば、それ以上悩み苦しむ必要などない。

 

それから先の失敗は、今後の成功の種としかならない。

 

編集という行為を十全に使うことができる人はきっと幸せな人生を歩むだろう。