行き詰まるなんてことはない。生き方は無限大。

 

無限大と歴史

 

どんな人にも歴史がある。

 

世間から注目されずとも、自分の歩んできた人生にはそれぞれ歴史があるのだ。

それは自分の中にしかない歴史であるが、一つ一つを細かに精細に思い出していけば、非常に長い道のり、人によっては険しい道のりを歩んできたことが認識できるだろう。

 

個人の成功していない人の人生なんて些細なものでつまらないと思う人間もいるかもしれないが、それは観点や角度の問題でそう見えてしまっているだけのことが多い。

 

成功していない人でも、大きく失敗している人だからこそ得るべき教訓があるかもしれない。

 

成功していない人でも、物凄く温かい平和な家族を築いたかもしれない。

 

成功していない人でも、自分だけが知っている、自分だけが実践できる格別の幸せを所有しているかもしれない。

 

自伝だとか、ドキュメンタリーというのは大まかに言えば「成功」という部分に焦点を当てて展開していくことが多い。

 

何かの分野でトップの成績を収めるということは当然ながら素晴らしいことであるし、その人達の持つ精神や情熱を享受できるということは有り難いことである。

 

無限大なのにトップに固執してしまう

 

しかしながら、こういった情報ばかりを目にしてしまうと、一つの問題に突き当たる。

 

「人生において重要なことは「成功」すること、トップになることである。

そうでない人生はつまらないものである。」

 

こうなってしまうと、人生が成功への執着と焦りにまみれて本当につまらないものになってしまう。

 

成功を追い求めることは幸せなことだが、成功に追い詰められることは辛いことである。

 

成功という固定観念に囚われてしまった時にはどうすれば良いのか?

 

無限大の考え方

 

簡単である。違った固定観念を会得すれば良いだけの話である。

 

例えば、人間には様々な人生の形があると知ることができる類の映画である。

 成功者ではない人の自伝、ドキュメンタリー的な映画である。

 

あまり人気の高い、誰もが好むような映画ではダメである。

ヒットする作品には多くの共通点があるため、固定された価値観を植え付けてしまう。

 

人生が生き辛いと感じるのならば、それは自分に合った生き方を知らないからである。

 

社会は自分にとって幸せな生き方を教えてくれはしない。

 

社会は、いかに庶民から効率良く金銭を収奪できるかという観点で仕事や常識や生き方を押し付けるからである。

 

それ故に個人が本当に快適になるための生き方というのはあまり世の中に広まってはいない。

 

だからこそ、数多くの人の生き方というものを学んで、自分に合った生き方を考えていく努力は大切である。

 

その中で、自分自身の人生も取るに足らない物と考えていた人も、自分の人生にはちゃんと価値があったのだと気づく人もいるだろう。

 

数多くの観点を持っていれば、自分を肯定する要素は確実に増える。

 

だから、たくさんの本を読もう、たくさんの映画を見よう。