人間関係がモヤモヤしてストレスが溜まる人へ。私も困ってます、助けて。

 

人間関係においての微妙な空気が辛い

 

人間関係、仕事をする上で避けて通ることは難しいこと。

 

その面倒くさい人間関係の中で起こる面倒くさいことがある。

 

いわば、不和である。いや、不和というよりかはモヤモヤである。

 

お互いが嫌いあっている訳ではない、とはいえども好んでいる同士でもない。

そんなお互いが些細なことをきっかけでお互いの間に微妙な空気が流れる。

 

始まりはどちらが悪いのかわからない。

しかし、小さな細かいことの積み重ねでお互いにフラストレーションが蓄積される。

 

そして、お互い別段親しい訳ではないので、そのフラストレーションを発散させることもなく、うわべではニコニコする。

 

トラブルや争いがあった訳ではない、ただモヤモヤしているだけである。

 

そんな状況を体験したことがある人も多いだろう。いや今回体験したのは私だが。

 

はっきりしない人間関係は疲れる 

 

お互いの関係が微妙ということは、お互いがどう行動してよいかわからないということである、つまりは迷っている状態である。

 

迷っている状態は精神的に疲労する。無駄である。

 

そんな細かいこと気にするなよ、と思われるかもしれないが、全くもってその通りである。

しかし、実際気になる人はいるのだ。きっと相当数存在すると期待している。

 

こんな状態になってしまった時にどうすればいいのか?

 

それを考えてみる。

 

考えた。

 

人間関係においては、明日の事は明日考えようで良い気がする

 

考えた結果、やはりそんな些細なことを考えることは無駄だということが分かった。

 

今後のお互いの人間関係がどうなるかはわからない。

いつ解決して話し合うのか、仲良くなってなぁなぁで終わるのか、関係が途切れて鎮火するのか、はたまた爆発するのか。

そんなことは実際その時になってみないとわからないのである。

そしてそれが起こるのは一人で考えている今この瞬間ではない。

 

未来のことである。だったら未来に考えれば良い。

 

そもそも、お互いの関係が微妙という所によって、自分の考えが打ち明けられない原因は、今こうやって自分の頭の中だけで考えていることにも起因するのだ。

 

自分の頭の中だけで考えて、他人と対話をすることがないからモヤモヤするのだ。

 

だったら考えるだけ無駄なのでなく、マイナスである。

「自分ひとりで考え込む」という行動こそが、余計に微妙な関係を増長させる原因になっているのだろう。

 

意志の疎通こそが人間関係である

 

大体、人間関係を円滑に行える人というのは、はっきりとも物事を言うのだ。

自分で考えていることを腹の底から話すのだ。

その過程で仲たがいが起こることが確かにある。

しかし、モヤモヤして話し合えないで人間関係が終了するということはほぼない。

だから、余計に迷ったりすることによるフラストレーションの蓄積が起こらない。

 

また、はっきり自分の意見を話すことのできる人は皆からの共感を得る可能性が、母数が上がることにより上昇するので、好まれやすい。

 

一番面倒くさい人というのは、「何を考えているのかわからない奴」なのである。

だからこそ、社会人というのは飲み会を好むのだろう。私は好まないが。

 

自分の意見をはっきり言えない人へ 

 

ただ、こんな我々人間関係を不得意とする人間達が、そんなはっきりと自分の意見を話せる訳がない。

 

だからせめてもの対策として、相手のことを無駄に考えないという対策を取るしかないのだと思う。

 

無駄に考えないということの意味は、相手がいない状況であれこれ根拠のない妄想で精神を疲弊させる行為のことを言う。

 

そうすることにより、相手に抱くストレスというのが軽減する。

日が経つ内にフラストレーションの発生の原因なんか忘れてしまう。

忘れてしまってから、またなぁなぁで仲良くなっていけばいいのだ、

 

はっきりと腹を割って話せないならば、お互いにとって都合の悪いことは水に流してしまえばよいのだ。

 

それでお互いの人間関係が円滑に進むのなら良いことであると私は思う。

 

あぁ、人間関係の苦労を雲散霧消させて、一生遊んで暮らしたい。