説明書を読まないバカ、人格に由来するのでは?

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説明書の意義

 

「説明書が何のためについているのか?」その製品についての使用方法を理解するためである。

 

では、説明書を読まない人というのはどういう人だろうか?

 

  • 説明書を読まずとも使用方法が理解できる知的な人間
  • 元々使用方法を知っている人
  • バカ

である。

 

普通の人、もしくは賢い人は熟読はせずとも、ある程度説明書の内容を読んでから使用を始める。

 

なぜ、バカは説明書を読まないのだろうか?

 

無論、バカなのだろうが、もっと詳細に考えるのであれば、自分のバカを自覚できないタイプの人間であるということが推察できる。

 

本当に自分の事が愚かな人間だと自覚し、反省している人ならば、使用方法について警戒し、説明書を読みこんでから操作を開始する。

 

しかし、そうでない人間は自分は絶対にできるという思い込みが意識的に、または無意識的にあり、使用方法について大した考慮もせずに開始してしまう。

 

これが、壊れても大した損害のない製品や、取返しのつく操作方法であれば何の問題もない。

 

しかし、説明書を読まないバカは平気で壊すし、取返しのつかない動作を軽々しく実行してしまうことが多々ある。

そして、それをあまり反省せず繰り返してしまうことケースはよくある。

 

こういう人は、確かに頭脳的にバカなのかもしれないが、問題視するべきは精神面の傲慢さなのである。

 

バカはバカでも精神的にバカ

 

自分の能力におごり高ぶっているからそうなるのである。

 

例えバカでも、細心の注意と万全な警戒さえあれば、時間はかかれど大きな失敗は発生しないはずである。

 

にも関わらず何度も大きな失敗を起こしてしまうというところになると、やはりその人の頭脳の問題だけだとは思えない。

 

このことから私が思うのは、人の頭の良さというのは、記憶、推理などの純粋な頭脳の発達具合だけでなく、人格面の立派さ、高潔さというものにも影響を受けているのではないのか、ということである。

 

人間は機械じゃないからミスをする 

 

どんなに頭脳の能力が高い人でも、ミスをしない人間はいない訳だから、そのことを把握し自分の能力に対して傲慢にならずに真摯に物事に取り組むことができるということは非常に大切であると思うのだ。

 

だから、どんなに頭が良い人でも人格的に問題があると感じる人ならば、特に傲慢さがにじみ出ているような人ならば、あまり全面的に信頼しない方がよいのではないかと思う。

 

そういう人は、いざという時に失敗することもあるだろうし、なまじ能力があるだけにプライドが高く、責任を押し付けられる可能性もあるだろう。

 

あくまで予測だが、自分に自信があり過ぎる人というのは、どうにも危ないと感じる。

 

総括としては、どんなに大人になろうと、どんなに頭が良くなろうと、人間には盲点があるのだから、基本は大事にしましょうということである。

 

そして、そういう心がけを常にもっておくには、やはり真摯な心持ちというのは大事になってくるのだなぁ、ということである。