一番になる方法は独自の基準を設けることにある!

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一番と単位

 

一番になる。

 

こういう言葉を使うと、それはもう大層なことをするのではないかと周囲の人からは思われるかもしれないが、実際問題、やり方によっては全然容易なことである場合も多々ある。

 

最近、もしくは昔からなのかは不明だが、私が最近よく耳にするのが、「自分が絶対に勝てるランキングを自作しよう!そうすれば絶対に自分がナンバーワンだ!」とか、「ニッチに分野に特化しよう!上手くいけば大した能力も努力もなしにナンバーワンになれるよ!」みたいな主張である。

 

確かに、全くもってその通りだなぁと思い、斬新さに感動し、何か自分にも新しい何かができるのではないだろうか、と感じさせられた。

 

それこそ、世間一般でよく言われる、「偏差値」とか、女性からの評価の指標である、「高身長」「高学歴」「高収入」みたいなランキングばかりに目がいって、そのどれもが自分に満足に備わっていないという現実に叩きのめされて落ち込むことが多かった。

 

一番と基準

 

しかし、よくよく考えてみると、それは一つの指標でしかないのだ。

それらの指標はある人間のある特定の部位を測るだけであり、他の部分を全くもって考慮していない。

 

また、ある分野では良いとされる性質が、また別の分野では悪いとされるなんてことはよくあることである。

 

人の良し悪し、人生の幸不幸なんてものは非常にテキトーであいまいなものなのである。

 

だからこそ、どんな人間であろうともナンバーワンになることは、不可能ではないのである、つまりは可能である。

 

さきに挙げた例のように、オリジナルの順位付けをしてしまうか、局所的な分野に専心するという方法でそれを達成することも可能だろう。

 

また、案外我々はもうすでに何らかの指標ではナンバーワンなのかもしれない、ただ我々が認知していないだけで。

 

一番と教訓

 

これらのことから私が得た教訓は、

・結果の一つ一つに対して深く気にしないこと、災い転じて福と成るなんて諺もあるし、おかげで上手くいくこともあるかもしれない。

 

・自分の特徴について精細に綿密に把握しておくと、いざという時に上手に動くことができる、ナンバーワンになれる可能性が上がるからだ。

またそれは「特徴」として認識しておくべきである、善悪ではないということを熟知しておこうということだ。

 

また小さなナンバーワンを意識することは、自分の自尊心的な健康のためにも有用だろう。

例えば、電車が到着してから、最初に改札を出ることができたとか、

ミカンのあの白くて細い部分を自分がきれいにとることができたとか、

最初に約束の場所に辿り着いたとか、

自分がカラオケの最高得点を取ったとか、

 

そんな下らない内容でも構わないと思う。

そういう訓練を続けることで自分ができることを認識する機会は増えるし、心の健康にも良いし、どのようなことならば自分がナンバーワンになれるのかということを考える癖ができるからである。

 

小さくても勝ちは勝ちである。

ナンバーワンはナンバーワンである。

 

小さなことでも良いことならば誇ってもいいのだ。