無駄につまらなく生き長らえる人生は素晴らしいのでしょうか?

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人生は無条件に素晴らしいのか?

 

生きることは素晴らしいだろうか?

 

どんな状況であろうと生きるということは良いことなのだろうか?

私にはそれが疑問でならない。

 

例えばである。

二人の男性がいるとする。

一人をAさん、もう一人をBさんとする。

 

二人とも同じブラック会社に勤めており、給料も同じ、当然勤務時間には見合っていない給料であり、毎月手取り18万くらいだとしよう。

 

そしてこの二人が毎日、奴隷として会社のために奉仕をする。

三年くらい経過し、二人とも休みがなくお金を使う余裕がなかったため、200万程の貯金があったとしよう。

 

その時AさんとBさんは考えた。

「転職しよう」と考えた。

 

確かにお金の面では心配する必要はないかもしれないけれど、二人はもう35歳を超えている。

その上、自分が他の会社で採用されるようなスキルは何一つ身についていない。

ブラック会社がブラック会社たる理由としての一つが何のスキルにもならないというものである。

そのブラック会社の特徴を存分に享受した二人は、今現在所属している会社以外には行けないことが明らかになった。

(現実的に考えれば不可能ではないのだろうが、今回は例えなのでご容赦下さい)

 

そこでAさんとBさんの分かれ道が出現した。

 

人生とAさんとBさん

 

Aさんは会社を辞めることにした。

会社を辞めたところで転職する当てがないのも承知の上で退職した。

ブラックな上司からは「お前はこのままだと近い内に野垂れ死ぬぞ、ここで俺らが面倒みてやるから頑張れ、お前のために言ってやってるんだぞ」と言われたが意志は強く退職を決行した。

 

Bさんも会社を辞めようかと考えたが、

あくどい、自分本位なくせに他人を思っている風な口ぶりで他者を利用しようという魂胆の上司に、先ほどのような言葉を突き付けられ退職を断念した。

 

ここが二人の分かれ道である。

 

その後、

Bさんはブラック会社で労働を続け、何の希望も喜びもないけれど、辛い仕事に毎日精を出し、自分にはこれしかないのだと、上司からの暴言にも耐え、頑張って生きて、とにかく生き続けて、60歳まで生きて、ついに死んだ。

 

あんなに過酷な労働で60歳まで生きられたのが奇跡だと言われるほどだった。

 

Bさんの亡くなった後に残された財産は500万程あったという。

 

 

Aさんはどうなっただろうか、

Aさんは退職後、働かないで生きるにはあまりにも少ない200万を節約に節約を重ね、大事に使った。

 

退職後の人生のストレスは全くなく、自分のやりたいことだけをやって、楽しく明るく生きることができた。

 

しかし、200万という金額では長いこと生活を続けることができずに、食べるものもなくなり、住むための家も借りられなくなり、退職後、3年経過した後、自殺した。

 

Aさんは38歳という年齢で命を落とした。

 

という内容の例え話である。

 

人生と密度

 

この例え話で何が言いたかったのかというと、

生きててつまらないと思うような人生であれば、さっさと辞めてしまえばいいのだろうと思う。

しかし当然辞めるのにもリスクがある、辞めたからといって皆が皆、ドラマや映画のように成功するなんて理屈はあり得ない。

 

だから長く生きることはできない確率は十分に存在するだろう。

 

しかし、「私はBさんのようには絶対になりたくない」と強く思う。

 

生きていればどんな人生であっても素晴らしいとは思うわない。

自分が生きたいように生きて、それでも上手くいかなかった人生を私はバカにはできないが、つまらないと思うながら死んだように無駄に生きる人生はやはり下らないものである。

 

どちらに転んでも訪れるのはロクな結果ではないかもしれない。

 

しかし、いやだからこそ自分にとっての最善を選択し続けるということが大事なのだと私は思う。