ラジオの思い出と時の流れ。効率化が奪う何気ない時間。

 

ラジオから流れる音楽 

 

子供の頃はラジオが大好きだった。

 

大好きだったという表現は適切ではないかもしれない。

しかし、毎日のようにラジオにかじりつくように聞いていた。

 

きっかけはラジオが好きだった訳ではない。

音楽が好きだったのである。

 

しかし、子供の頃なんてCDなんてあんな高価なものを買うだけのお金がなかった。

今の時代なんかはフリーで聞ける楽曲が山ほどあるのだからやっぱり多少うらやましい。(だからこそ、CDが虫の息であるのだが)

 

昔の音楽事情とラジオ

 

子供の頃に音楽を聴くとなると、友達からCDをダビングしてもらって聞くか、家族のCDを聞かせてもらうか、ラジオの音楽を録音するか、ぐらいのものだった。

 

友達からのCDの貸し合いは共通の話題ができるし、同年代だから趣味が合うものが多かった。

家族からの音楽も違う世代の音楽を知るという面で良いものがあったし、昔の名曲は今でも名曲である。

まだ別の音楽の流通経路として、私の中にはラジオがあった。

今現在、昔を振り返ってみると、ラジオでどんな音楽を聴いていたのか正直な所あんまり覚えていない。

覚えているのは、イントロで良さそうな曲や、何回も流れる好きな曲が流れ始めた瞬間に急いでラジオの録音ボタンを押していたことである。

 

当然、流れ始めた曲に対して録音を行うのだから、完成されたラジオカセットには始まりが途切れた音楽が収録されていた。

 

それでも気に入った曲や好きな歌手の音楽は録音して、何度も聞いた。

 

それの繰り返しで自然とラジオの方も聞くようになった。

 

何気なさとリラックス

 

ラジオの良さというものは、「何気なく聞く」という所にあるのではないかと思っている。

 

聞いている最中は、たまに自分の気になることや、面白いことが自然と耳に入ってきて、気が付くと夢中になっている瞬間がある。

ただ、ラジオが終わり、振り返って何があったのかを思い出そうとすると、あんまり正確には思い出すことができない。ただ楽しかったという記憶だけがある。

 

そういう自然でゆったりとして幸福感があるのがラジオの良さなんじゃないかと思う。

 

それこそ、最近の私なんか、効率がどうとか、タイムコストがどうとかで時間の流れが忙しなく活動している気がする。

 

たまにはもうちょっとゆったりと過ごしてリラックスをする時間というのも大切なんじゃないかと、自分に言い聞かせたい。

 

今この時間を大切にする

 

どうなんだろうか?

 

例えばだけど、人生において20年先を見据えた目標があった、その目標を叶えるまでの20年はひどく忙しく辛いものだった。

しかし、20年先の目標を叶えたその時には、自分の達成感も世間からの祝福も大きい物だった。みたいな人生と。

 

特に大きな目標はないけれど、毎日が穏やかな時の流れを味わうことができて、優しい幸福感に包まれささやかな生活をする。

20年経とうが大きな仕事を成し遂げる訳ではないし、世間から尊敬される人物である訳でもない。しかし人生の大部分を幸せに生きた。みたいな人生。

 

どっちがいいのだろうかね?

 

きっとどっちも良い人生だろうから正解はないのだろうけれど。

 

まぁでも、たまには心からリラックスして、穏やかな時の流れに身を任せる瞬間があってもいいんじゃないのかなぁと思う。