ウザい人に注意をしても無駄なのかも。それは個人の性質だから諦めも大切かも。

 

自己を省みない人はウザい

 

ウザイ人はなんであんなにウザイのだろうか?

あれはわざとやっているのだろうか?

 

まぁ確かにそういう人もいるのだろうけれど、そういう人も厄介なのだけれど、それ以外にもウザイ人というのはいる。

 

おそらくそういう人は自分の性質について無自覚だ。

 

 

好意のつもりでやっているのだろうなぁと理解はできるけれどウザイ。

できれば話しかけないで欲しいなぁと常日頃思うのであるが、なぜか話しかけてくる。

 

色んな人がいるけれど、どうにも他人の気持ちを推測する能力が著しく欠けている人は往々にしてウザイのである。

 

人の気持ちを考えてみる

 

人の気持ちが読める。

こういった表現をすると、オカルトチックな感じではあるが、人はある程度は人の気持ちを読んでいる。もしくは推測を行っている。

 

おそらく皆、表情や身振り手振り、声色、話の内容なんかで相手の気持ちを推測したりするのだけれど、その推測することができない人というのはどうにもいるらしい。

 

どっかで読んだけど、前頭葉の機能が弱い人というのは人の気持ちを推測する能力が低いらしい。

 

どうしていじめをしたの?なんて先生が聞いて、生徒が「相手が嫌がっているとは思わなかった」なんていう回答はふざけているものではなく、心の底からの返答だという。

 

人間関係に折り合いをつける

 

私はどちらかと言うと、自分で言うのはなんであるが、気が利く方だと思っている。

 

だからこそ、人間関係が面倒くさいと思っている訳であるが、そんな私からすると何でこのタイミングでこんな発言をするのだろうか?とか、これは悪意でやっているのだろうか?なんて思ってしまう人が多々いる。

 

初めは不思議で仕方がなく、それを気に病んでしまっていた時期もあったが、ある程度そういう人間に接するようになってからは、もうどうでもよくなった。

 

相手の気持ちが分からない人というのは存在するのだ。

 

そういう人に対して、あなたは人の気持ちが分からない人なんですよ、と主張したところで、それを証明する根拠もないし、証明しても理解してくれるとは到底思えないし、理解してくれても、改善するだけの余地があるとは思えないし、改善方法も私には分からない。

 

だから、もうそれは諦めていいのではないだろうか?

 

理解し合えない人とは、理解し合えない。

それを無理に頑張って合わせようとするから辛いのである。

 

この人とは折り合えないという部分で折り合うしかないのだろう。

 

だから、私はこの人は人の気持ちが全く読めない人なんだなと判断したら、できる限り避けるようにしている。

 

不快な時もあるが、それに気を取られてされにその人と関わり合うとさらに不快である。

そんなところで得るものはない。

それよりも気の合う仲間達と楽しく過ごす時間の方がよっぽど有意義だ。