イロトカタ

純然たるイロトカタです


人間ならば誰でも疲れるのだ、だから知ろう!疲れの取り方を。

 

 なんとなく、ダラダラするってダメ

 

仕事の時は頑張る。当然である。私はそうしている。

 

だから、休みの日はゆっくりしてもいいんだ。

それも正論である。休む時は休みましょう。

 

だが、ダメだ俺。

 

やりたいことがあるなら、ちゃんとやれよ!

仕事の日には、「休みの日にはアレやってコレやって、あぁ楽しみだなぁ」

なんて思っているのに、いざ休みになったら、なんか椅子に座ってスマホをただ見ている、みたいな状況が続いているのはダメだろ!

 

何やってんだよ!俺!

 

という感じである。

 

あぁ、もう月曜日なのだ、せっかくの三連休なのである。

 

おいおい、どうするんだよ。

今日は月曜日だから、サザエさんもやってねーじゃねーか!

 

これでどうやって明日から仕事に行けって言うんだよ!

酸素なしで生きろって言ってるようなもんだぞ。

 

しかし休みの日だからといって、グダグタするのだけはどうにかならないものだろうか?

 

別に勉強をしなくても、全力で遊ぶとか、全力で寝るとか、そういうのならば全然オッケーだと私は思っている。

 

ただ、なんとなくスマホをいじっているとか、なんとなくパソコンでネットサーフィンしてるとか。

 

無目的かつ無気力な遊びは御免被りたいのである。

 

全力で休みたい!

 

どうすれば、この状況を打破することができるのだろうか?

 

それができれば、もっと私の人生は輝きに満ちたものになるのだろうに。

 

何が悪いのだろう?

 

仕事の日はちゃんと頑張っているのに。

なぜ、休みの日はこんなにグダグタなのだろうか?

 

まぁ、当然疲れやストレスが溜まっているから、行動が多少緩慢になってしまうのかもしれない。

 

ならば、さっさとその疲れを癒すための行動を取れば良いだけの話だけである。

 

どうすれば、疲れやストレスというのは消え去るのだろうか?

 

人間は疲れやストレスが溜まっている状態を知っているし、どうすれば疲れやストレスが溜まるのかについては熟知しているし、それを延々と話し続けることもできるのに、どうすれば、疲れが消えるのか、また今の状態が全く疲れのない状態であるかを判別することができない。

 

全くもって不思議である。

 

まぁないものを認識できないのは当然と言えば当然なのか。

でも釈然としない。

 

余談だった。

 

閑話休題。

 

そうだ、風呂に入ろう

 

さて、その疲れやストレスをどうしたら吹き飛ばし、休みの日を全力過ごすにはどうしたらいいのかということである。

 

私が思いつく限りだと一つだけである。

 

風呂に入る、そして眠くなったら寝る。

 

私はこれしか知らない。

 

風呂に入っている時、また風呂から出た後というのは自分自身でも気力の源泉みたいなところからエネルギーがドバドバ湧いてきているのが実感できる。

 

風呂は古来から続く癒しの代表選手である。

これを利用しない手はない。

 

 

そうと決まればさっさと風呂に入ってきます。