結局決めなかったイナズマシュート。でもそれでいいのだ。宣言することに意義がある。

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ヒーローは宣言する 

 

必殺技の名前を歌い、その必殺技を完成させた時こそ、俺はスーパーヒーローなのだと、そう宣言する。

 

そんな内容の歌詞の曲がオープニングを飾る超人気アニメが昔存在したが、ついぞそのアニメの主人公がイナズマシュートを決めることはなかった。

 

しかしその主人公がスーパーヒーローにならなかったのかというと、そんなことはない、彼は立派にその目的は達成した。

 

ただ、いなずまシュートは完成させなかったというだけで、その先にある本当の目的は遂げることができたのである。

 

ここから学ぶことのできる教訓は、

「大言壮語は吐きまくった方が注目されるし、モチベーションも上がるから良いよね!」

ということである。

 

注目されて、応援されるからヒーローになる

 

こんなものは目立ったもの勝ちである、言ったもの勝ちである。

 

自分はまだまだそんなことが言えるような人間じゃないから、という引っ込み思案は今の時代はないがしろにされる。全く注目されないだろう。

 

昔の日本には謙虚であることが美徳とされたらしいが、今はそんなことをしていてはどうにもならない。

 

いかに目立つかを考えて悪行に走る人間だっている時代だ、完成させない必殺技の一つくらい叫んだってバチは当たらないだろう。

 

実際にできるかどうかは関係ない、とりあえず言ってみせることが重要なのだ。

 

言葉は行動を変える

 

発言してしまえば、多少はやってみようかな、なんて気分にもなる。

さらには皆の前で発現するならば、プライドの問題もあるからさらに実行しようという意欲が高まる。

 

人間の行動のキッカケなんて案外そんなものである。

 

海賊王になると豪語したあの人も未だ海賊王にはなっていない。

(現在進行中である。)

 

今度こそは休まず連載しますといったあの人も最近連載を再開させたばかりである。

(今度はちゃんと続いて欲しいなぁ)

 

ただ目標を掲げるだけで見えてくる希望もあるし、当然その目標を目指す過程で得るものは沢山ある。

 

また、応援してくれる人も増える。

これは非常に心強いことである。

目標は大きければ大きいほど、一人の力で達成することは難しくなる。

それを周囲の人間も重々理解しているからこそ、協力的になってくれる。

 

そういう意味では大きな目標を掲げることは沢山の人との縁を運ぶということにもなる。

 

言葉はタダだが役に立つ

 

言うは易し、行うは難しである。

 

なぜ難しいことから実践しようとするのか。

簡単なことから始めればいいじゃないか。

 

将を射んとする者はまず馬を射よ

という格言がある。

 

まずは確実にできることがやってみることが大事なのだと昔の人も言っている。

 

言うだけなら無料である。

 

無料の割りにはわくわくできる事が多いからお得である。

 

この記事を読んだ人は是非とも皆にイナズマシュートを打ってやるぜ!くらいの宣言はして欲しいものである。