エイプリルフールは心の毒出しの日。思う存分、嘘をつけ!

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嘘でした!ホントはそれも嘘でした。 

 

今日はやけに寒い。

 

そろそろ春が迫ってきたのかな?なんて思っていて幸せな気分だったけれども、今日は寒かった。

 

こう、けっこうあらゆるものに共通する法則だと思うんだけど、何かが終わる直前になると、急に元気になる、活発になるみたいなことってあるよね。

 

あれって不思議。

 

窮鼠猫を噛むとか、

イタチの最後っ屁とか、

火事場の馬鹿力とか?

 

なんか違うような気がするけど、終わりそうになると急激にその力を増す、みたいなところはあるんじゃないだろう?

 

とはいえ、生き物だけではなくって、季節にもそんな現象があるなんていうのは面白い。

 

ということで今日は寒かったのである。

 

そして、これが冬の最後の全身全霊の力だったとするならば、冬はもう力尽きて、これからは春がやってくるはずである。

 

花粉ばっかりがやってきて、春がまだ全然やってこないのである。

 

嘘が解禁される日

 

あぁ、そういえば今日はエイプリルフールなんですね。

 

嘘をついても許される日。

 

騙された方は何も文句を言えない日。

 

だからこそ、皆こぞってあれやこれやと日常をぶち壊すためのイベントを用意してくる。

 

中途半端な嘘ではこういう時は面白くないのだ。

 

現実味のある、大きい嘘、こういうのがやっぱり騙す側も騙される側も楽しいのではないだろうか。

 

エイプリルフールは騙しても良い日だが、それでもやはり騙し方の質というものは皆から評価されている。

とにかくなんでもいいから騙してやれ!それこそが勝利だ!

なんていう根性だったら甘いのである。

 

エイプリルフールの真の目的は誰かを騙すことではなく、誰かの心に新鮮さという風を吹き込むことである。

 

楽しませるための嘘、ということがメインなのである。

だから、騙された側も笑って許さなくてはならない。

 

嘘というものに、悪戯心というものに寛容になる日がエイプリルフールなのだ。

 

嘘の楽しみ方

 

だから、騙される側もきっと「絶対に騙されるもんか」という態度でエイプリルフールに望むのはよろしくない。

 

繰り返すがエイプリルフールは騙すか、騙されるかという現実の苦しい面を抽出した日ではなく、その騙すか騙されるかという現実を明るく楽しく笑い飛ばしてしまうおう、ということの意義の方が強いと思う。

 

そして、そう思うことにより嘘、すなわち今までの自分では信じられないような事柄を信じてみようと思うことができるようになるのだ。

 

まっさらな心で物事を捉えることができるということにも繋がる。

 

それがどんなに素晴らしいことだろうか?

 

我々人間は、いくつもの経験、たくさんの人に触れる度に、様々なことを知り、多くのことが実行可能になっていくが、その反面自分の中に汚いもの、醜いもの、せせこましいものを詰め込んでしまうことがある。

 

そんな人の心を綺麗さっぱり洗い流すためには、疑うことを辞める必要が出てくる。

つまりは簡単に騙されろ、ということである。

 

そうすることにより、心が防御をやめる。

非常に楽な状態になることができる。

 

それこそが心の浄化なのだろうと思う。

 

心の安息日、それこそがエイプリルフール

 

だから、毎日を騙し騙されの中で生きている人こそ、エイプリルフールは騙されるべきなのである。

 

騙すこと、騙されることを多いに楽しむべきなのである。

 

年度の開始にこういう日があるということは、きっとそういう意味合いもある。

 

これから始まる戦いのための、休息の日でもあるのだろう。

 

たぶん、そんな意味合いはない。嘘である。