自分に火の粉がかからない時はどんな事だって言える!【効果的な相談方法】

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他人の不幸は蜜の味

 

何かにつまづいて他人のアドバイスを必要とする時があるかもしれない。

 

特にこれから新生活が始まるのだ。

学生や社会人の方は右も左も、はたまた自分の職場がどこにあるのかもわからない人もいるだろう。

 

そんな時に誰かの相談を必要とする時は出てくるだろう。

自分で何が困っているのかを明確にして相手に相談することは勿論大切なのだけれど、それ以上に重要なのは、「誰に相談するのか?」ということである。

 

自分の事を嫌いな人に相談した所で、冷たくあしらわれるか、逆効果になるような助言をされるに決まっている。

 

じゃあ、自分の事を好きな人に相談をすればいいじゃないか!

と思われる方もいるのかもしれないが、それは違うと思う。

 

自分の事を好きな人なのだから、自分が心地よくなるようなアドバイス、もしくは自分のためになるようなアドバイスを懸命に思考してくれて話してくれる可能性は非常に高いだろう。

 

相談は親しい人にしてはいけない理由

 

だったら、それでいいじゃないか?

その疑問はもっともである。

 

これが、相談でなく、愚痴であるのだったらそれで大正解だろう。

百点満点である。

 

だって、自分の気持ちの嫌な部分を優しく受け止めてもらって、それを綺麗な何かな包み込んでもらって、自分は認知できないどこか遠くへと流して貰えれば、愚痴としての意義は完成されるのだから。

 

愚痴を聞いてもらいたいならば、自分の事を好きな人にお願いすれば良い。

 

だが、相談となるとそれは違う。

 

相談とは、自分の嫌な気持ちを吐露する行為ではないからである。

相談とは、自分の抱えている悩みをどうすれば解決に導くことができるのかという問いに対して、受け手が思い付く最善の策を教えてもらう行為だからである。

 

だから、自分の事を好きな人に相談することは必ずしも正しいとは言えない。

場合によって、自分の事を憎んでいる人に相談した方がより良い回答を貰うことができるケースもある。

 

なぜ、そのような事が起こるのか?

 

相談において自分のためになる回答というのは、

自分の悩みの種が生まれる状況を詳細に知っている、

尚且つ

その悩みを解消させた経験を持つ

という内容を含むものである。

 

その二点を熟知しているものが正しい回答を提出できる可能性は非常に高い。

 

余談になるが、会社が大変で苦しんでいる新社会人が、一度も働いた事のない人間に相談するなんていうのは愚の骨頂である。

 

そういう人達の中には、何もわかっていないのに他人の世話を焼くのは大好きで、その上、会社のやることは絶対!みたいに考えている者もいる。

 

その回答を真に受けて、心を壊してしまう者もいる。

 

相談する相手には細心の注意を払うべきである。

 

余談終わり。

 

他人の悩みならば、適当に好き勝手に助言できてしまうから、利益や制約が必要だ 

 

先ほど挙げた二点に加えて、できれば欲しい要素としては、

その悩みの解決するかしないかが、相談される側の利益に関係するという要素である。

 

この要素が追加されると、自分の事を嫌いな人でも親身になってより良い回答を出すように奮起してくれる。

 

だって、その悩みが解決しなければ自分が損をしてしまうのだから。

 

だから、自分の相談を本気で解決したい、本当に役に立つアドバイスを他人から得たいと思うのならば、その人の利益が絡む状況を狙うべきである。

 

自分に火の粉がかからないのならば、人間は好き勝手に適当な事を言えるものなのだ。

 

ただ、自分の利益が絡んだ瞬間。

特に自分が損をしてしまうのではないか、という不安がよぎった瞬間に人というのは凄い力を発揮するものである。

 

物事を解決したいのならば、それを利用しない手はない。

 

多少、腹黒い話になってしまったが、自分の悩みというのは簡単に誰にでも打ち明けるものではないと考えての事である。

 

誰かに相談するということは、言い換えれば自分の弱みを晒すことになる。

 

そして回答次第ではその弱みという傷を乱雑にかき回され傷口を広げてしまうというケースも出てくる。

 

カミングアウトとか、相談とか。

そういう事を何も考えずに行う人はたくさんいるらしいが、それは結構危険な行為である。

 

その内容を皆が皆笑顔で受け入れてくるなんていうのは、おとぎ話の世界の事であるし、自分の事を何でもかんでも受け入れてもらおうと考えるのは相手にとっても失礼ではないだろうか?

 

信頼と甘えを履き違えているのではないだろうか?

 

悩みを抱えている人にこんなことを言うのは非常に心苦しいが、相談する相手と内容については結局は自分自身と相談するしかないのである。

 

どんなに周囲が優しくても、結局は自分の思考と決断なしにこの世を生きる事は不可能である。