自虐ネタっては、自分の弱みをあえて晒して同情を買って、攻撃されたくない、チヤホヤされたいって人の卑怯な戦法。

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自虐ネタ、心の底では泣いている

 

自虐。

 

時としてネタとして自虐を行う。

 

いや、実際は自虐「ネタ」ではないのだろう。

ネタというオブラートに包み込んで、自分自身のマイナスだと思っている部分を晒しているに過ぎない。

 

その晒すところの意図は人によって様々である。

 

  • 自分はこういう所を気にしているから攻撃しないでね!
  • 私はここがダメだということを自分で自覚しているから改めたい
  • こうやって自己を省みることができる自分カッコイイ!

 

とかが一例だろうか。

一応言っておくが私が今までの人生で考えたことではない。

友達から聞いた。

 

自虐、もしくは自虐ネタは色々な状況、様々な目的によって使用される行動ではあるが、共通する部分は「自分の悪いところを皆に晒す」ということである。

 

目的がなんであれ、これは自分の強烈な自己開示である。

完全なるノーガード戦法である。

だが、大胆な行動の裏にある心理は不安と恐怖である。

 

頭から爪先までポジティブ思考に塗り固められている人は自虐発言などしないだろう。

 

だから、自虐を発信する人は何らかのマイナスな思考をその時は伴っているはずだ。

 

この自虐から発覚したその人のマイナス面について、それを聞いた当事者はどのように受け取って対処すれば良いのだろうか?

 

それが非常に気になる所である。

 

自虐ネタは、自己開示によって同情を買い、それによって防御をしようとする戦法。

 

例えば、

「俺は皆と一緒の時は元気キャラだけど、家で一人の時は毎日、鍋のお湯が煮立っているのをただひたすら眺めて一日が終わるような性格の人間だぞ!」

という自虐を行うとする。

 

それを受け取った側の対応として、

「へぇ、お前そんな奴だったのか!このネクラ野郎が!」

と、その人がわざわざ自分で気にしていることをカミングアウトしたにも関わらず攻撃してしまうというのは、なんだか悪いことをしてしまったような気分になる。

 

後々になって、その両者が言い争いになった時でも、鍋のお湯が煮立っていることをネタにしてその人を罵倒することができなくなるような気がする。

 

なぜか、相手が自ら晒した欠点に対しては攻撃してはいけないみたいな風潮があると、私が勝手に思い込んでしまっている。

 

皆はどうなのだろうか?なんか結構そういう人は多い気がする。

 

ただ、この特徴を利用して自虐ばかりを行い、「自分には絶対に攻撃しないでね!こんなに自分の弱みを晒しているのだから」みたいな愚行に出る人もいるから困りものである。

 

さすがにそういう人は無礼極まりないと思うので、そんな自虐は気にすることなく、いざとなったらネタとして果敢に使用させてもらう。

 

自虐ネタではない、辛い時のふとした瞬間に出てしまうマイナスの自己開示くらいは受け入れてあげたい

 

ただ、問題なのはいつもは自分の心の奥底を誰かに晒すような人ではなく、自分一人で立派にやっているような人が、どうしようもなく困難な状況で苦労して疲労している時、そんな時に吐き出した自虐。

 

それに対してまで、私はその吐き出された自虐を相手の弱みとして握っておくことができない。

 

確かに同じ自虐なのである。

 

しかし私の中ではこの自虐に関してだけは何かが絶対的に違っているのだ。

 

だから、そういったどうしようもなく我慢できずに放出されてしまった、自分が意図せずに、ふと吐き出されてしまった自虐に対して、鬼の首をとったように攻撃する人間が私は好きではない。

 

こんなものは私の勝手な思い込みと分別である。

 

だが、なんかそういうものは皆にも共通してあるんじゃないのかなぁ?

と勝手に期待している。

 

どうなんだろうか?