記事を書く時のタイトルは先につけるべき?それとも後につけるべき?

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何を取り出すのか?それを決めるのは言葉である。

  

タイトルを付ける意味というのは何だろうか?

 

作文にしろ、論文にしろ、ブログにしろ、成果物にしろ、それにはタイトルというものが付随する。

 

タイトルがあることによって、それが何者であるかを人は知ることができる。

 

だから、タイトルは重要なのだろう。

 

きっと、名札の無い商品を即座に理解することができるのは、その分野に精通している人間に違いない。

 

そんな事では商品としては、とても役に立たない。

だから、何にでも名札を付けるということはやっぱり意味のあることなのだろう。

 

それが何であるのか、それを定義するのがタイトルである。

 

名は体を現す

 

簡単な説明だが、これは非常に重要であると思う。

 

例えばだが、記事のタイトルに「一秒で100億円稼げるようになる方法!」というものがあるとする。

 

そうすると、この記事を読む人というのは、

  • お金が欲しいと思っている人
  • お金の稼ぎ方が知りたいと思っている人
  • 簡単な詐欺に引っ掛かりそうな人

というのが集まるはずである。

 

タイトルによって、何が手に入れられるのかが理解でき、具体的な手法というのを記事の中に見つける。

だから、タイトルというのは記事を読む時の心の方向性を決定付けてしまう要素ということになる。

 

では、記事の内容は同じでも今度は「バカな人を騙してお金を儲ける文章サンプル」というタイトルにしてこの記事を公開する。

 

そうすると記事の内容は先程と全く同様であるのに、

  • 騙されたくないと思っている人
  • 似たような記事を読んだ経験があるので、「自分は騙されたのではないか?」という疑惑を抱いている人。
  • 詐欺の方法を知りたい人

という人が集まってくる。

 

そして、内容は同一の記事であるのに、着目される観点は全く違う。

前者ならば、「どうやったらお金を稼ぐことができるのか?」という観点で記事を読むだろうし、後者ならば、「詐欺」という観点でその記事を読み進めるだろう。

 

同じ内容でもラベルが違えば捉え方が変わる

 

結果として同じ記事を読んだにも関わらず、得られた情報というのは異なるものになる。

 

一人はお金儲けの情報を得たし、一人は詐欺の情報を得た。

 

これがタイトルの重要性なのだと思う。

 

相手がどのような観点で物事を観察するのか?

ということをこちらで操作する簡単な方法がタイトルなのである。

 

そしてまた、自分が記事を書く時の方向性を決定するのもタイトルなのである。

 

そういう観点で物事を考えるのならば、

自分が書いた記事に対して最後にタイトルを付けるという方法と、

先にタイトルを決めて記事を書き進める方法では、

頭の中にある情報は同じだとしても、全く異なる記事が作成されるだろう。

 

前者でどういう記事が出来上がるかはわからないが、後者であればタイトルに準拠して内容が作成されるだろう。

 

どんな物にも題名というのは要求されることが多い。

 

そして、その題名を付けるタイミングというのも人によって様々だろう。

 

だか、そのタイミング次第で記事の内容が変化するということを知っているならば、まだ自分の中に眠っている情報を上手く取り出すことも可能である。