油断大敵というけれど、人間慣れれば油断します。

 

もう慣れた、絶対だいじょぶ、それが危険

  

やっちまったぜ!慣れって怖いね!

 

っていう話。

 

人間というのは環境に対する順応能力が非常に高くて、色々な所で生きていくことができる。

 

だからこそ、これだけ繁栄していくことができたんだね!

 

また、その環境適応能力を上手に活用することができるのならば、人間の成長速度というのは自分が想像しているよりも、遥かに速くすることができる。

 

だから、自分が成長したいことを明確にして環境を選ぶことはとっても大事である。

 

そして、自分のいる環境に対して、人間はどんどん慣れようとする。

新鮮なものを自分の中で噛み砕いていって、次々に古いものへと、既知のもの、つまらないものへと変貌させていく。

 

これも成長の一貫である。

 

慣れると危険だったことも安全だと認識してしまう

 

その成長を続けるにおいて、気をつけておかなければならない重要な点がある。

 

それが、「慣れによる盲点の発生」である。

 

人間何にでも慣れられるものなのさ。という私の好きな名言がある。

 

本当にその通りだと思う。

 

例えば、車。

 

車は人間の足だけでは到底行けないような場所へと簡単に連れて行ってくれるとても便利な機械だけれど、よくよく考えてみれば、アレはとんでもない代物である。

 

でっかい鉄の塊が物凄いスピードで動くのである。

 

人にぶつかったら、ぶつかった人は簡単に死んでしまうのである。

 

車の運転に慣れている人は絶対にそのことを忘れている。

 

いや、忘れているという表現は間違っている。

忘れているのではなく、慣れきっているのである。

 

そして、人を殺す可能性が結構高いという事実、その恐怖を常に抱きながら運転を行うなんてことは人間の精神には不可能なことだから、慣れる。

 

車を運転を当たり前のことだと認識して慣れてしまう。

 

そうすることにより、人間は新たな可能性や、新たな手段を手にするのであるが、それと同時に何も知らない人から見たら明らかな危険を気づかないまま保ち続けてしまうのである。

 

とはいえ、そんなことを一々言っていたら、人間は全く行動することができず、何にも挑戦することもできずに人生を終了させてしまう。

 

だからといって、その危険について一切合切忘れて、平気な顔して生きていると、いつか自分にしっぺ返しが来ることは火を見るより明らかである。

 

「慣れ」への対策

 

だったら、どうすればいいのか?

という話になる。

 

この話に対する結論に完全なものはない。

しかし昔の人はこう言いました。

「初心忘れるべからず」

 

結局私達ができる、当たり前になってしまった危険に遭遇する確率を少しも下げる方法は、これしかないのでしょうか?

 

つまりは、自分が始めてそれを行う時の気持ちというのを、節目節目で定期的に思い出し、自分の精神が健全でいられるようにメンテナンスしましょうということである。

 

そこで少しは何かが変わるのではないだろうか?

と思う。

 

それでもきっと多少である。

 

何かを手にするということは、やはり何かを失くすということと同義であるのだから、やはりそれは仕方ないことなのである。