正社員ってだけで絶対安全ってのは嘘だから、経営者の視点に立って仕事を創り出す姿勢があるといい。

 

雇われるのは楽だが、仕事を創出できない

 

私は誰かに雇われている。

だから、自分で仕事を決めることはできない。

これは、ある視点から見れば自分で責任を多く持たなくても大丈夫だし、深く物事を考えないで済むから良い、という面がある。

 

しかし、反対の見方をするならば、責任感の全くない仕事ではあまり能力は高まらないだろうし、仕事にやりがいもない、自分でどんな仕事をするのか決定できない。

 

雇われるのか?雇うのか?

どちらが良いなんてことは当然ながら言うことはできない。

だから現状に対して文句を言うつもりではないのだ。

 

だが、雇われる身であるという事の怖さみたいなものを今日感じた。

「いつ、切られるがわからない」

切られる、というのは解雇されることである。

 

「正社員だから絶対安全!」って思考は危険

 

私は正社員であるので、いきなり全ての仕事が消失してしまう可能性はあまり高くないと期待しているけれども、それでも誰かから仕事をもらっている側の人間であるのは確かである。

 

ならば、その仕事を私にくれている人が、急に気分が変わって、

「あの人にはもう仕事をあげない!」

なんていう事態になってしまったら大変である。

 

その次の日から私は今までの仕事がなくなってしまうという事態になる。

別にこれが些細な事ならば、それはいいのだ。

大した問題ではない。

 

でも、誰かから貰っている仕事の大半が急に喪失してしまうケースだってある。

そして、平凡に平和に暮らしている人間ほど、その事実に気づいていないか、知らないか、目を逸らしている。

 

しかし、これは事実である。

どんなに大きな会社だって急に潰れてしまう事例なんて今までの歴史上たくさんあった。

普通にありえる事なのだ。

そういう意味で私はあまりにも平凡に生活していた事に気がついた。

 

「雇われの身」だからこそ経営者の気持ちを考えよう

 

誰かに雇われるという事の性質をやはり重々承知しておかなければならないのだろう。

そして、自分でビジネスを作るという意識は常に持ち合わせておく方が良いのだろう。

 

そうすれば、多少の安心感を持って仕事に励むことができる。

そうでないと、雇い主の機嫌を気にして、いつも媚びへつらって生活しなくてはならないくなる。

 

この違いは大きい。

前者は余裕を持って仕事ができる。

余裕がある人には良いことが舞い込む。

その逆の人には逆の結果が待ち受けている。

 

今の時代である。

何か小さなビジネスでもいいから所有しなくては!

という気持ちが私の中で絶賛好評中である。

 

今時、50円で自分の時間を売るみたいな人もいるらしい。

ダンピング過多の傾向はどうかと思うけれども、自分一人でお金を稼ぐという観点からすれば、こんな素晴らしいことはないだろう。

 

少しずつでも自分の立場をシフトしていく機会が今の時代にはたくさんある。

昔だったら、農民に生まれたら農民のままだった。

 

そう考えると本当に良い時代である。

 

おら東京さ行くだ。

東京でお金稼ぐだ。