イロトカタ

純然たるイロトカタです


少数派の人間を率先して批判するのはなぜ?

 

少数派、叩く心に潜む闇

 

挑戦する人がいる。

そりゃあ、たくさんいる。

その中でも成功する人や失敗する人もいる。

大体はどちらかに属するし、人生の一大決心をしたにも関わらず、良いのか悪いのか微妙な感じの結果に終わってしまう人もいる。

 

世の中色々な人間がいるのである。

だから人によってやることも様々である。

 

何が良くて何が悪いのか?

ということは言うまでもなく区別できるものではないのである。

 

ただ単純に多数派と少数派がいるだけである。

多数派は数が多いから、一見正しいように見えるけれど、その実際は数が多いだけである。

少数派は数が少ないから、珍しいことばかりをやっているように見えるけれど、別にそんなこともなかったりする。

 

少数派は珍しいという理由だけで叩かれる 

 

どっちであろうと、本当はそんなに大きな違いはないのだろう。

多数派にはたくさんの人が通ってきた足跡と先人が残したマニュアルがごまんとあるだけである。

だが、少数派には少ない、もしくはない。

 

だから、多数派は自分達が多数であるという性質と何をすれば良いのか知っているという安心感から、少数派の人間を無知と興味本位で批判する。

 

特に深い根拠はない。

ただ珍しいからである。

こちらは安全だからである。

 

少数派としては堪ったものではないのである。

だから、少数派の人間は多数派を嫌いになるケースが結構ある。

どうして、ここまで多数派の人間を憎むような発言をするのだろう?

と思うことは多々ある。

 

やはり多くの者から疎外され批難される経験というのは誰の心にも深く傷を残すらしい。

 

最終的な結果としては、大体の多数派は少数派の事を理解できないし、その逆も真である。

よって、多数派と少数派の溝は更に深まる。

 

中立の境界線に立って、何もしないで終わる人 

 

別に両者が手を取り合って仲良くしようとか、そういう主張をしたいのではないのである。

 

ただ、最近すごく気になる点は、

「別に他人の事なんて、そんなに深く追求して突いたりする必要ないよね?」

という点である。

 

自分と違う存在は気になるのは確かだが、だからといって自分がそちらの立場に立つ訳でもないのに、「少数派の人間は得か?損か?」みたいな議論を延々と行っているのは如何なものかなぁ、と思う。

 

そんなに気になるなら自分やってみればいいし、他人の事をグズグズ気にしているほどにその人は退屈なのだなぁ、と思う。

時間があり余っているのなら、自分の事にもっと力を注げばいいのに。

 

いつまでも境界線の中心にただ突っ立っているだけの人間は何が楽しいのだろうか?

 

何者でもない自分を棚上げにして、結構特別な存在である少数派を馬鹿にする人間というのはやはり嫉妬なのだろうか?それとも単純に他人のうわさ話が好きなのだろうか?

 

うわさ話がどうしても好き!というのなら別に全然いいのだけれど、もし少数派の誰かが羨ましくて、でも素直に行動に移せないのならやはりその人は損をしているのだろう。

 

他人を羨んで生きるくらいなら、さっさと自分の行きたい方向に進んでしまうか、すっきりとその願望を断ち切って自分の今いる場所で楽しむとかしたらいいのに。