迷ったり行き詰まったりした時は引き返して遠くから視点を変えて観察してみる事!

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どうしても原因不明な事がボトルネックになるってこと

 

世の中には原因がさっぱりわからないことがある。


つまりは不可解なことがたくさんある。
大半の不可解は自分にとってあまり関係のないことなので、
別にどうでもいいや、という気分で事は終わる。

 

しかし、不可解であることが自分の人生と直結している場合がある。
なのに、わからないものはどんなに頑張って原因を調査してみてもわからないものである。
だからこそ不可解なのである。

そういったものは不快である。
理由がわからないままに自分の利益が損なわれて、尚且つ不快な気分に陥る。

 

解決は不能。
もしくはできるかもしれないけれど、いつになったらわかるかなんてわからない。
ゴールテープが見えないレースに全力を尽くせる人間なんていない。

目標が存在しない人間に気力など存在しないのである。

 

だから、目標物を隠すというのは興味を削ぐ簡単な方法である。
その逆に他人の興味をそそるの方法は、見えそうで見えないである。
特に男性にとって効果絶大である。

 

目的が見えないってのは人の気力を根こそぎ奪うんだろうな 

 

頑張ったらできるかもしれない、なんてラインのものがあると
生きてるのも楽しくなるものである。

達成意欲が満たされるから、生きている感じがするのである。

だから、全く何も見えない、何を目指したらいいのかわからない。
手がかりが全くない。

 

進展が何もないのだから、もっと必死になってしまう。

でも全然見つからない。余計に焦る。

世の中不思議なもので、そういう精神状態の時ほど上手くいかないようにできるのである。

理由は不明だが、近視眼的になっている人はいつもと違った思考をすることはできないだろうし、多分探しているものは自分の想定外のものである。

 

想定内のものにしか注視することができない人間が想定外のものを見つけ出すのは困難である。

 

だから一旦自分の思考のフレームを変更する必要がある。

 

離れて遠くから観察してみる

 

そのための方法の一つが諦める事である。

 

完全に辞める。

それはそれでいいのだが、一時的にその場から離れてみて見方を変えてみることが重要なのだろう。

 

いつもと違うことをするから、いつもと違う結果が返ってくるのである。

焦っていると当たり前のことに気がつかない。

 

だから辞めてしまうのである。

美味しいものでも食べてリラックスするのである。

 

そんな時に考えている余計なことこそが問題解決のための新しいフレームなのかもしれない。

自分が普段考えつかない方法かもしれない。

 

だから、なんか推理モノとかで、主要人物とは全く関係のない一般人が日常的な話をしている場面を見て、探偵の人が「それだ!」みたいな展開になるのである。

 

他の人から見ればなんでもない情報でも、ある人から見れば宝物になる。

 

何かに躓いたら、他の何かをする。

 

そこには問題解決の方法そのものが書いてある場合もあるし、仮になくても見方を変更するという効能がある。