イロトカタ

純然たるイロトカタです


科学的実験による証明ってのは確かに信憑性が高いんだけど、それでも自分で実践してみるって心がけ。

 

科学実験は偉大

 

自分が不思議に思っていたこと、素朴な疑問を感じていたこと。

そんなことを頭の良い人達が数々の実験を繰り返し、信ぴょう性の高い結果を届けてくれる。

その御蔭で、我々はあまりにも突拍子もない行動をしないで済んだり、健康的な食生活を送れていたりするのである。

 

科学の力は偉大である。

 

科学的事実と私の実体験が食い違う

 

その科学の恩恵を受けて、私は毎日暮らしているのだけれど、大概のことに関しては実験の結果の通りだったなぁ、と思うのであるが、そんな中でも「あれ?何か違う気がする」というような現象が起きてしまうことがある。

 

要は、実験で告知されている事と全然違う結果が私の現実において発生している。

 

なぜだろう。

最初は私の勘違いだと思って記事を見直しみる。

別に問題ない、勘違いはしていない。

 

だから、私のやり方の何かが間違っているだろうと思い、再度思い直してみる。

思い直す必要はなかった。間違っている所はなかった。

 

さて、そう考えてみるのならば、一体何が間違っていたのだろう。

ここで科学の記事が間違っていたということは簡単である。

 

そこに対して文句を付けて、誰かの何かが悪かったことにできるのなら、それはとっても気楽である。

そして実際に実験の結果が間違っていたなんてケースはたくさんある。

 

事情は色々だが、どこかの企業のためだったり、自分のためだったり、お金のためだったり。

そんな事情にによって実験結果なんてその人にとって都合の良いように書き換えられてしまう。

 

ネットサーフィンを行っていると、同一の物に対する効能が全く逆になっていたりする。

ならば、どちらかは正しくて、どちらかは間違っているのである。

昔はそうだと思われていたことが、今では逆になっていることも当然ある。

 

「科学的って書いてあるから、他人が言っているから、ネットに書いてあるから」っていう言い訳。

 

だからこそ、やってはいけないことがある。

それは、誰かが作った結果に文句ばかりつけることと、もしくはその結果を鵜呑みにしてしまうことである。

 

自分で試すことができる結果であるならば、実践してみるべきである。

結局の所、実験結果がなんと言おうが自分にとって正でなければそれは些細な意味も持たない。

 

だから自分にとって重要な事は自分で試さなくてはならない。

そしてその結果が世間一般の言う所の答えと違うものであっても、自分の体感として正しいものがあるのならば、そちらを信じていくべきだろう。

 

他人がどういった所で、自分がそうしなければいけない理由はないし、仮に他人の言っていることが間違っていたとしても、他人は責任を絶対にとってくれはしない。

 

また、他人の意見に耳を貸しっぱなしの人間はきっと周囲の人間から舐められて、その人にとって都合の良い情報ばかりを吹きこまれることになるだろう。

 

自分で考えて、自分でやってみよう。