質の高さと作品の人気は比例しない!人気ってのは「たくさんの人がたくさん見れば上がる」というだけの話。

 

細部にこだわり努力を徹底すると人気が薄れることもある

 

丹精込めれは良くなるのかもしれない。

しかしその良いものが売れるかと言えば、それはまた違う話なのだから世の中は困ったものである。

 

たくさんの人に見てもらう、好感を持ってもらうということになってくると話は違うのである。

 

なぜなら、人はそれぞれ好みも考え方も違うのであるから、ある特定の人間にしかウケないような話を作成してしまうと、それ以外の人間は興味を失う。

 

だから、たくさんの人から好感を得るためには、たくさんの人に共通して好まれる何かを作成しなくてはならない。

 

人気に必要なのは抽象化

 

そのために必要なこと。

それは過度な作りこみ以上に抽象化作業だと思う。

誰もが好感を持てる、誰もが共感を得られる。

その要素を作り出す方法が抽象化である。

 

要するに簡略化である。

 

これができるかできないかが売れるか売れないかに大きく関わってくることは言うまでもない。

 

さほど内容に教訓を含むものでなくても、家族全員で見られる、気軽に見られる、見て嫌な思いをしない、違和感を感じない。

 

そういった要素があると、人はそれに対して「見たくない」対象にはならない。

その上で、その時代にあった何かを付与することができるのであれば、それはきっとヒットするに違いない。

 

そんな簡単感じで説明しているが、口で説明した通りに現実が動かないのがミソである。

本当に口で説明するのは楽である。

物事をしっかり理解しないで何かにケチを付けるのは至高の楽しみである。

 

だから、実際に作成する人と、それを使用、または視聴する人間との溝は絶対に埋まらない。

埋まってしまったら、それはもう作品として成立していないのではないだろうか。

 

つまりは自分が最高に良い!と思った作品であろうが、視聴者は平気でバツを出すだろうし、自分が適当に作ったものでも、何かの琴線に触れて大ヒットを巻き起こしてしまうことだってあるのだろう。

 

「たくさんの顧客が視聴するか?」それが人気を左右するっていう単純な事実

 

高名な音楽家の大ヒットした曲なんかは、酒なんかに酔いながら適当に作成したものも多いと聞く。

 

案外肩の力を抜いたほうが上手くいくのだ。

なんてことは言わないけれど、本質はもっと別の所にあるのかもしれない、と上手くいかない時は考えなくてならないのかもしれない。

 

売れる作品を見ると、やはり抽象化の嵐である。

最近流行っている、いや多少昔から人気になっている、日常系アニメなんてものも、それ自体に何かの教訓を含むものでもない、それによって緊張感やスリルを味わえたりするものでもない。

 

それでも大人気である。

視聴者が求めるものもやはり変化しているのである。

 

良い物かどうか?

それ以前に届ける人間が求める「方向性」に合致しているかどうか?

 

そちらの方がより大事な要素なのではないだろうか。