自分では見えない盲点に気づくためには誰かと討論や意見交換をすることが大事!

 

他人の批判もたまには財産になる

 

自分がやっている事には強い関心を示す。

その逆に興味のない事には目の前にあろうが、目もくれない。

 

人間というのは、思った以上に物を見ていない。

目に写った景色をそのまま見ている訳ではなく、自分が見たいように物事を見ているという意味である。

 

だから、自分からしたら本当に毛ほども気にならないような事に、別の誰かは興味津々で些細な所にまで気が付く。

 

誰にだってそんな要素はあるだろう。

好きな事についてならきっと誰でもそうだろう。

 

それが人間の個性の違いに繋がっていくのだろうなと思う。

当然、この個性はとても大切に育てたら良いのだろうけれど、これはこれで弱点にもなってくる。

 

見たいものは細部まで見える。

その事実の裏には見たくないものは見えないし、見たいと思っていないものは見えにくい、という事実である。

 

そんな性質を持っているから、他人からすればまるで簡単な解決策にも気が付かないで、途方に暮れている人がたくさんいる。

 

そんな性質を持っているから、いつも同じことしかできない、同じ結論しか出せない、退屈に生活になってしまう。

 

これがいわゆる人間の盲点というやつなのだろう。

 

盲点に気が付くから人生は新鮮になるし変化し続ける

 

盲点は誰にでもあるし、なければきっと脳が処理しきれない程の情報量になってしまうのだろう。

 

だからそれはそれで大切なのである。

 

しかしそれでもバランスは大切なので、その盲点をたまには盲点じゃなくした方が、人生衛生上健康的である。

 

いつまでも真っ直ぐな道しか続かなかったら、どんなに意思が強い人間でも挫折するだろう。

 

だからいつもと違った何かが欲しいのである。

自分の盲点に気が付く機会が必要なのである。

 

その方法としてはどんなものが適切なのだろうか?

 

他者との討論によって自分の盲点が見えてくる

 

そう考えるならば、やはり人間相手が一番良いのだと思う。

 

本でもいいじゃないか!

そんな風に最初は思った。

 

本を読むことにより新しい知識や考え方は仕入れることができるのだから、盲点をなくすという機会ならばそれで十分じゃないか。

 

それはそれで良い機会なのだと思う。

本は手軽でいろんな機会に役に立つ。

当然盲点をなくす事にも効果的なのだろう。

 

だから盲点をなくすために本は無意味だ、なんてことは言わない。

効果はある。

 

でも人間と話した方が効果は高いのではないかと思うのである。

 

なぜか。

 

人間相手だと本気と言い争うことができるし、何よりも本より勝っている点は、相手が自分を論破してこようとする点である。

 

本でも似たようなことは起こりうる。

しかし、本は自分の思考のコアな部分をクリティカルに崩そうとはしてこないだろう。

 

そんな確率は非常に稀である。

 

しかし、人間相手ならばそんな事を仕掛けてくる可能性はもっと上昇する。

なぜなら、それが討論で勝利する方法の一つだからである。

 

そしてだからこそ、自分の盲点が見えてくる機会が増えるのである。

 

これが本と人間の違いだと思う。

 

本だと、いつでも逃げられるし、自分の事を攻撃してはこない。

人間だと、簡単には逃げられないし、自分を果敢に攻撃してくる。

 

これが大きな違いとなり、その人の思考や盲点解消において非常に高い効果を示すのではないだろうか。

 

だからたまには誰かと話そう。