「私は黒は着ません!」と堂々という人って黒人差別主義者なのかな?そういう人の気持ちも考えようよ

 

黒が好きな人の気持ちを考えよう

 

これって善人アピールしている人がよく言う台詞だけれども、とっても差別的な発言だよね。

 

だって、黒が好きな人は嫌な気分になるよね。
だって、肌が比較的黒い人は不快な気持ちになるよね。

 

なのに、パステルカラーこそが正義!
だからそれ以外のもので私は身につけません!

 

よって、私は清純です!高潔です!
みたいな主張をしている印象を受ける。

 

別に黒だから悪いとかそんなことは私は一切思わないのだが、どうにも色による差別は歴史的にも息の長い存在であり、差別撤廃が叫ばれている今の世の中でも完全にはその歴史を払拭しきれないらしい。

 

もしかしたら、その発言をしている本人にだって差別の気持ちはないのかもしれない。
または自覚していないだけで、無意識的に差別を行っているだけなのかもしれない。

 

単純に安易なイメージで良し悪しを区別して、自分を良いイメージに導きたいのかもしれない。

 

芸能界はイメージ戦略がものを言う。

 

優れた実績を残し、実際に世間の役に立つよりかも、「特に根拠はないけれど、この人はとっても良い人なんだろうな」という印象を与えることができれば、儲かるのである。

 

だから、口先は綺麗事になるし、自分のイメージアップになりそうなものならば、率先して発言する。

 

だって、それこそが自分の生命を繋ぎとめる手段なのだから。

 

こんな方法で大丈夫なのか?

いつか世間に本性がバレて痛い目に遭うのではないだろうか?

と感じる方もいるだろうが、実際そんなに大した被害は出ない。

 

テレビの中にいる人が実際に良い人であるかはさほど重要ではないのである。
それよりも重要なのは、良い人そうな人が出てきて、家族や友達や自分が安心して番組を視聴できることなのである。

 

だから問題はない。

 

仮に悪事や不誠実なことが行われたとしても、「良い人そうな」人間に需要がある限り、短い期間のバッシングをやり過ごせば、また元のポジションに付くことだって可能である。

 

実際に良い事をするか、悪い事をするか、それは大きな問題ではない。

 

良い人そうな人の発言を行い、悪い事をしたら心から反省しているようなフリをしていればいいのである。

 

そんな人間はそういう風に考えているから、色の話題についても平気で差別的な発言を行うことができる。


まぁ、これに騙される世間もどうなと思うが、毎日の社会生活で疲れきっている時に求める事柄は良い人そうな人がやっている安心できる番組なのであったりする。

 

プライベートの休息の時間まで他人の善悪を見極めている余裕なんかない。
耳障りの良い言葉さえ聞ければ良い、という話だ。

 

芸能人は金のため、世間の人は安息のため。

 

どちらにもそれ相応の理由があり社会は歪んでいくのである。