「どちらかを選ばなければいけない!」と言われた時、実はその回答には4種類の回答がある。

 

お金は使うと減る

 

一万円稼いでも、九千九百円使ったら、100円しか残らない現実を知った。

昔から知っていたことだけれど、認識したくなかった現実である。

 

欲しいものがある→お金が手に入る→使う→なくなる。

 

こんな当たり前のプロセスからも目を背けていたからお金が貯まらないんだよなぁ。

と思う反面、「こんな少ない金額をせせこましく貯めていった所で、お金持ちになれる訳がない」と思う。

 

お金は使ったらなくなる。

 

その当然の現実については直視して認識するべきである猛省している。

 

だが、その結果をもって「じゃあ、コツコツ貯金しよう!」という発想は何か間違っている気がする。

 

私のような小市民の稼ぐ金額である。

当然貯金できる金額なんてものは雀の涙程度である。

 

雀の涙程度なのに、毎月に我慢しなくてはならない量は結構ある。

 

こんな嫌な状況を長々と続けて、小さい金額をコツコツ貯金しても大した金額にはならないのは確かな事実である。

 

現実的な例として、毎月物凄く頑張って、10万円貯金するとしよう。

 

という事は一年で120万円である。

ならば、10年で1200万円である。

 

まぁ確かにそれなりに凄い金額であるのはわかる。

でもその金額でできる事って何だろう。

 

なんだか私には微妙過ぎてあんまり夢が膨らまないのである。

 

さらにはその代償として、10年間、みみっちい生活を強いられるのである。

10年の価値は大きい。

その長い時間を棒に振ってまで手に入れる1200万円にそんなに大きな価値はあるのだろうか?

 

当然、あると答える人もいるだろう。

 

しかし、私はそれではどうにも物足りないと感じてしまう。

 

簡単な話、私は欲張りなのでもっと欲しいと思うのである。

もっと贅沢に生きたい、さらには潤沢な貯金も欲しい。

 

要するにどっちも欲しいのである。

 

だからどっちかを選べと言われた時には、必ず不満感しか残らない。

そんな感情を覚える人は少なくないはずだ。

 

「どっちにする?」という問いの裏には、どちらかしか選べないという意図が仕込まれている。

 

最近はそんな感じの広告がよく目に付く。

だからこそ、条件反射的に考えるべきなのだ。

 

どちらかを問われた時には、どちらでもない場合と、両方の場合もある、という事を即座に思考すべきなのだ。

 

その発想がなければ、そのルートにそもそも進むことは不可能である。

欲張りも無欲も、こういう時には役に立つのである。

 

貯金がたくさんあって、毎日気ままにお金を使う事ができる。

そんな人間もこの世には絶対にいるのである。

 

下手な不満を抱えて生きるよりかは、可能性は低くても自分が満足できそうな道に進んで見るのも良いかもしれない。