ニートは親から大量のお金を手に入れた成功者である!他人に養ってもらうことは悪いことではない!

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ニートはどうして馬鹿にされるのだろうか?

ニートは馬鹿にされる。

なぜだかわからないけれど馬鹿にされる。

 

機会があれば、可能であれば私はニートになりたいと思う。

一日中やりたいことだけをやって生活をしたいと思うのだけど、皆は違うのだろうか。

 

そんな事を聞いたならば、皆は

「親のすねをかじって迷惑かけて生活しているのが悪い!」

「社会に全く貢献していないから悪い!」

なんて返答が来る。

 

いやいや、ニートじゃなくても恐ろしい程に親に迷惑を掛ける子供はごまんといるし、働いているから、社会に貢献しているなんて理屈もおかしい。

 

ブラック企業の役員なんかは社員をコキ使って、搾取して、使えなくなったらポイ捨てである。

 

人の人生を台無しにする事によって、社会で生きる人間だっているのだ。

 

ニート以上に親に迷惑を掛ける人間はたくさんいる。

ニート以上に社会に迷惑を掛ける人間はたくさんいる。

 

しかし、社会から馬鹿にされるステータスでのトップはニートである。

表向きでは彼らを被害者だと取る論調もあるけれど、やはり一番馬鹿にされる率が高いのはニートである。

 

なぜニートが馬鹿にされるのか?

 

ニートがバカにされる原因に、親の迷惑も社会も関係ない。

 

「弱者だから攻撃しやすい」尚且つ「多くが羨む存在」という条件を満たしているからである。

 

でも、率直にそう発言して、「自分が醜い存在だと認識したり」、「自分が醜い存在だと認識されたり」するのは嫌だから、家族的正義や社会的正義の名の下にウサを晴らしているのである。

 

私だってニートが羨ましい。

 

人生の大半を仕事で浪費している自分を省みるとニートの人生に憧れを抱いてしまう日々は少なくない。

 

でも叶わない現実を直視するとニートを馬鹿にしたくなる気持ちが芽生える。

「誰かに養って貰っている人間」はやはり皆の憧れなのである。

 

養ってもらえる人間は時間が存分にあるから退屈に陥りやすいだけだが、別にいつでも好きな時に何かを始めることができる。

 

その自由さはかけがえのないものである。


「他人に養ってもらう事が悪い訳ないじゃん」

これが結論である。

 

批判されるのならば、それは正義の名を借りた嫉妬である。

 

まず間違いない。

 

養っている人間がそれを許可しているのならば、そこに何の問題があるのだろうか?

 

そんなことは養う人間と養われる人間の間の話であり、外野が口を出すことではないのだ。

 

お金持ちから気に入られて、裕福な暮らしをしている凡人を見て批判するのだろうか?

筋違いもいいところである。

 

そんな人は宝くじに当たった人間までをも批判し始めるに違いない。

自分も宝くじを買っているくせにである。

 

だから養ってもらう事は悪いことではない。

堂々と養ってもらえばいいのだ。

 

養って貰っている人間が気を遣わなくてはならないのは、自分を養っている人だけである。

 

あとはどうでもいい。

 

同じ弱小中小企業でも、自分の会社の社長には媚びへつらっても、他社の社長のことなど、どうでもいいはずである。

 

養ってもらっている人がいて、引け目を感じているならばそれは考えを改めるべきである。

 

それは立派なビジネスである。

 

ただ特殊な収入形態なだけである。

 

胸を張って誇って良い。