ブログの記事が書けない!というのは、恥とプライドが邪魔をしている事が多い!

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ブログのよくある悩み:ネタがない!


ブログを書くに当って、多くの人が悩む事がある。

毎日書くことを目標として開始したブログにおいて、題材が一切見つからなくなってしまうという事だ。


じゃあ、何のためにブログを始めたのさ?という感じではあるが、開始時点の目標は開始と同時に遥か彼方へ旅に出て行ってしまうものなので仕方がない。


ブログだって、最初は「日々の自分のための日記が主で、副次的な要素として皆に見てもらう」という感じの事だったはずだ。


にも関わらず、今のブログの人気記事は、「ブログで稼ぐ方法」である。

結局、何か新しいサービスが始まるにしたって、最終的な目的は金が異性が権力にすり替わってしまうのである。


そんな事にばかり目を向けているから、日々が退屈になってしまうのではないか?とお金が大好きな私が思ってみる。


で、最初の清純の動機はいざ知らず、ブログを書く目的がお金儲けになっている諸君!

お金が欲しいと思っているにも関わらず、ネタが見つからないと嘆いている諸君!


自分の今後の先行きに不安を感じているかもしれないが、原因は単純である。

だから自分の行動を改変することさえできれば打開はとっても簡単なのである。


自分の人生の生活の一部をほんのちょっと変えるだけで、ブログの記事ネタなんていくらでも出てくるのである。

ザクザクである。


それが宝の山になるかは知らないけれども、仕事の山が数多く発見されることは確かである。

結局の所、ネタをお金に変えるにはもう一工夫必要だという事は予めご了承頂きたい。

「ブログネタがない理由」


「ブログネタがない理由」の原因は2つある。


一つ目は、
毎日同じ事ばっかりやっているから、ネタになるような目新しい事がない。

二つ目は、
自分の生活でやっている事が、ブログのネタにできないような事ばかりである。


という事である。

とっても当たり前の事である。
にも関わらず実践していないで、ブログのネタがない!と嘆く人はたくさんいるのである。


さて、ならばこの二点についての改善策は何なのか?

一つ目に関しては簡単である。
少量でもいいので、日常的にやらないような事を日常に取り込むのである。

要は、毎日新しい事を何か一つでもいいから、やれ。という話だ。

言うまでもない事なので割愛する。


同じ事しかやってないのに、違う結果を期待するのは馬鹿野郎だ!みたいな事をかのアインシュタインが言っていたという。


アインシュタイン万歳。

日常生活をブログに書けない原因

さて、問題の二つ目である。


この二つ目の問題には原因が3つある。

1.ブログのネタにしてしまうと、自分の利益が大きく損なわれてしまうから、ネタにする価値がない。
2.ブログにそのネタをアップしてしまうと、逮捕されてしまうから、ネタにできない。
(このケースに該当する方は自首して下さい)
3.自分のプライドが邪魔して、ネタにすることができない。


1番と2番に関しては、これは仕方のないケースである。
ネタにすることによってマイナスの結果を生んでしまうのならば、当然ながら記事にするべきではない。

最も主張したいのは3番のケースである。


「こんな内容を記事にするのは恥ずかしい。」

「こんな事を書いたらキモいと思われるかも。」

そんな事を考えてネタを封印しているケースがどれだけあるだろうか。

絶対にたくさんあるはずである。

人間は社会に生きる動物であり、それに伴い社会的な態度や思考をしなくてはならない。
それはきっと皆知っている事だ。

だからこそ、社会で疲弊するからこそ自分一人だけの孤独な趣味。
もしくは特定団体のみで共有化される、閉ざされた世界での趣味。

そういう時間を持つ事により、自分の気持ちをリラックスさせて、また社会に飛び立っていくのである。


それは自分一人だけの事であり、他の人はそんな事はしない!なんていう思い込みがあるかもしれないが、別にそんな事はない。



どんな人間だって、一つや二つは少なくても社会の人間に公言することのできない、恥ずかしい趣味やキモい趣味を持っているはずである。

皆キモイのを隠して生きているからこそ、キモい記事には需要がある


そしてその恥ずかしくキモい趣味にこそ多大な需要がある。

確かにその趣味は社会的にみればキモくて恥ずかしいのだけれど、大丈夫。

みんな同様にキモくて恥ずかしいのだから。

その趣味をネットの世界で、それを好む人間のみが閲覧するのならば、そこにあなたの好きな趣味が存在しても問題はないのである。

むしろ大歓迎である。

自分一人がキモくて恥ずかしいのではなく、やっぱり皆も同じだったんだね!という安心感は人を救うのである。


自分が恥を晒す事で、相手に「私はこれでいいんだ」と思わせる効果がある。

  • 記事としての需要はある。
  • 投稿する事によって多くの人を救う。
  • ネットの世界ならば、見たくない人と無理矢理見せてしまう心配もない。

繰り返すが、自分がキモくて恥ずかしいと思う趣味は周囲の人間も同様に所有しているのである。


だから安心して自分の趣味の内容を、自分の心の有り様を存分に書き連ねれば良いのである。


そうしていれば、記事のネタに困る事なんて一切ないだろう。


そして自由に記事を書ける人間はきっと魅力溢れた人間に見える事だろう。


自由に生きた者が勝者である。