残業のメリットとデメリットを比較して、自分にとって得なのか?を考えてみた。

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残業のデメリットは時間を失う事

ここでは残業をすると残業代がもらえる事を前提として話をする。


そうでない方は残業する事は明らかな損であるからここでは扱わない。



仕事に従事する人間なら体験した事はあるだろう、残業の少しくらい。


今の時代アルバイトだって残業を求められる時代なのだ。

社会人ならば当然ながら残業が発生する。

むしろ、残業しない奴は悪人!みたいな風潮だってあるのだから、少なくても日本人にとっては当然の事なのだろう。


世間体からの強制力という要素を除外した時に残業は自分にとって得であるのか?それとも損であるのか?


それが今回の話である。


単純に考えてみれば、一時間残業すれば一時間分の残業代を得る事ができる。

だから残業は得だ。


なんて思うのかもしれないけれど、逆に考えるならば一時間分の残業代を得るには一時間残業をしなくてはならない。



つまりは、一時間という時間を失うというデメリットが存在する。


だから、残業が自分にとって得か?という問いに対しての回答は、「一時間で得られる残業代=一時間の価値」なのかどうかによって決定される。


一時間で得られる残業代>一時間の価値ならば、残業をした方が得であるし、その逆ならば損である。


結論は簡単である。


ならば難しいのは、自分の一時間の価値がどの程度なのか?という所にある。


自分に一時間あれば、どのくらい幸福になれるのか?

自分に一時間あれば、どのくらいの金額を稼げるのか?


こんな基準が、自分の一時間の価値を測るためのヒントになるだろう。

残業と幸福度の天秤

「感情を金銭に変換することは難しい!」と思われるかもしれないが、我々はそういった行為を日常的に行っている。


娯楽である。

別に娯楽ならば、なんでもいい。

旅行でも食事でもスポーツでもボーリングでもいい。

私達は何かをサービスを受ける時に、それに対する金銭を支払っているのである。


「このサービスにはこれくらいの金銭的価値を認めてもいいな!」と思えるのならば、お金を支払うのである。


残業をしない分の一時間で何をするのかは人によって様々であるが、その一時間の行動がどのくらいの金額に相当するのかを考える事は実はできるはずである。


我々は、重いボールをピンに向かって投げる事に対してお金を払う事ができる。

我々は、密室で鉄の棒に対して大声を上げる事に対してお金を払う事ができる。

我々は、歌ったり踊ったりする人に対して、応援したり手を振ったりする事に対してお金を払う事ができる。



ならば、家の中で布団で漫画を読む事に金銭的価値を見いだせない訳がないのである。


その価値は、残業した時の価値と釣り合うだろうか?

残業代と自分の商売


自分に自由な一時間あれば、一時間残業するよりもお金を稼ぐ事ができる!

こういった人は特殊な事情がない限り残業するべきではない。

当たり前の話である。


ただ、現状それだけの実力が伴っていなくても、今後自分が一人で稼げる金額が残業を超える可能性があるならば、その能力を磨いた方が効率的かもしれない。


残業代が劇的に上昇する事はありえない。


しかし、自分の作った商売ならば劇的に一時間当たりの収入が上昇する事は頻繁にある。


ほぼ不変の残業代と折り合いを付ける事ができるだろうか?


ただ漫然と残業すると損をする


要するに、自分の能力や環境や状況によって、残業の有効性は大きく変動するのである。


年内にまとまったお金が必要なのに、家でダラダラしていてはダメである。

一時間で1万円稼げる人間が、一時間2000円の残業に甘んじていてはダメである。

一時間で1万円の幸福を感じられる人間が、一時間2000円の残業をしてはダメである。



自分の価値がどのくらいの物なのか?

それを正確に測るからこそ、残業が得か損かが明確になるのである、



とはいっても、残業なんてものは大抵自分の原因では無いことで発生するし、逃走が不可能みたいな事が多いから、その辺は臨機応変にである。