現実をちょっとでも理想に近づけていく過程が楽しかったりするんだよ。

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妄想と現実の距離が離れすぎている


妄想、という言い方は少し下品かもしれないが、何かに期待を膨らませた事は誰にだってあるだろう。


そして、その期待が全く外れてしまって、「こんなはずじゃなかったのに」と落胆してしまう事だってあったはずである。


妄想というのはどうにも膨らみ過ぎやすい性質があり、簡単に現実とかけ離れてしまうようである。



新しい環境に入る時には絶対に期待する。

「高校に入ったら、バンドを組んで、可愛い彼女ができて、親友ができて、素晴らしい青春を過ごすんだ!」

そんな思いを胸に秘めて新しい環境に飛び込んでいくのである。


だがしかし。

その先は言うまでもないかもしれないが、一応言う。


99%は別にそんな要素は一切出てこない。

その癖、理想だけは立派であるから、自分が手に入れられる範囲内で一番楽しい事にもプライドが邪魔して手を出すことができない。



背伸びするのに必死な癖に、望む所には全然手が届かないで青春が終わってしまった人は結構いるのではないだろうか。



要するに、妄想と実際は全然違うという事だ。


それなのに、人はまた新しい環境を知ると、漫画やドラマでしか存在しないような妄想を凝りもせずにまた繰り返す。

そしてまた失望する。



そんなサイクルを繰り返す内に人は言う「人生、こんなもんだよ。つまらないなぁ」と心の中で言う。

理想と現実をちょうどいい感じで折り合いを付ける

実際そうなのだろうか?


人間は年を取れば取るほどに、大きな開きが出てくる。


毎日を死んだように生きている人もいれば。

毎日が幸福に満ち溢れ、周囲にも幸せをバラまくように生きている人もいる。



どっちが嘘でどっちが本当という話なんかではない。

どっちも本当なのである。



ならば、その差はどこで生まれてしまったのだろうか?


私は「妄想と現実」との付き合い方によって大きな開きが出てしまっているのではないかと考えている。

すこしずつ、混ぜていく

人生をつまらなく過ごす人は「妄想としか付き合わない」。

現実と上手に折り合いを付けようとは一切思わない。


妄想が絶対であり、現実はそれに追従するものだと思っている。


だから、現実が妄想と少しでも違っているだけで、もうどうしようもなく許せなくなってしまう。

だから、すぐに挫折して諦めてしまう。

現実をどうにかして良くしようという思考回路が存在しないのである。


すぐに次の環境、次の環境へと行ってしまう。

別に環境を変える事は良い事なのだけれど、夢や妄想に出るようなイメージと完全に一致していないとダメだと思うのは行き過ぎである。

つまりは異常過ぎる程に神経質なのである。

その癖、自分で何かを良く使用とは思わない。

今ここに存在する現実を少しでも良いものにしてみよう、という思考が一切抜けきっている人はどんな環境にも馴染めない。






逆に人生を面白く過ごす人は「妄想と現実を上手にブレンドするのが上手」なのである。



希望、妄想は十分にある。

それは誰もが一緒だ。


しかし違うのは現実が妄想と噛みあわなかった時にどうするかである。


面白く生きる人は、現実を妄想へと近づけようと努力する。


主題的に妄想へと向かっていく。


勿論、あまりにも現状の現実が酷いものならば、環境を変える事も厭わない。



だから、妄想に近づくかどうかを見極めて、現実を変えていこうという意思がある。


結果として、微妙な現実も少しは面白くなっていく。


その経験を重ねていく人間は、現実を面白くする能力に秀でてくるのであるから、現実が面白くなるのは当然である。


簡単に言ってしまえば、「与えられるだけの人間」と「自分で変えていこうとする人間」である。