祝日の意味なんて知らない。それでも祝日は満喫するべき!【ダイナミック祝日】

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祝日の意味なんて考えない


気が付いたら祝日だけど、今日って体育の日なんだね。


休みの日程は知っていたけど、何の祝日かなんかには一切興味がなかったから「体育の日だという事」は知らなかった。


今日は体育の日らしいですよ?


知ってました?


まぁ、どうなんだろうか、そもそも祝日は何かお祝いしたい事があるから「副産物として休暇を設定」しているのだろう。


祝うべき事を祝うための休日。

きっとそれが本来の意味合いなのだろう。


しかし現代においては、「祝うべき事」よりも「休暇が増える」というイベントの方が圧倒的に魅力的であるから、祝日という事実のみでありがたくなってしまう。


つまりは祝日=休暇という事実に感謝をしてしまう。



むしろ祝日は休暇になるという事実が「祝うべき事」なので、祝日=休暇である事を祝う休日を作ったら良いのではないだろうか?


「祝日は休日になるんだよ、やったね!」的な祝日を作ろう!


そうしたらまた休日が増える。


そして、さらにその増えた休日を祝う日を作ろう!


どうだろうか?

そんな無限連鎖的な思考で全ての日にちを休暇にしてはどうだろうか?

ダメかな?


よくないですか?


ほら、日本人なんかはどこの国の文化だろうが、とりあえず便乗して騒いだりするのって好きじゃないですか?


そのノリでどうだろうか。



まぁ、実際問題を考えなくてはならないのが現実の世知辛い所である。



何はともあれ体育の日である。


こういう話になると。


  • 私はインドア派だから絶対に外になんか出ないからね!
  • 僕の体育っていうのは、モニターに向かってコントローラーを叩くことなんだよね!(面白いオタクアピール)
  • 俺はちゃんと体育の日をまっとうしたぜ!腹筋10回やったぜ!(寒いからやめて)


みたいな、各々が使い古された独自の逆を繰り出す。


まぁ、別にバレンタインデーでも行われるような、時代を超えても残り続ける悪習であるからこれは仕方がないのだろう?



もう、この程度のネタは何度の使用されて飽きられているのだから、もっと新しい方向性にするか、もっと過度な表現に置き換えなくては、聞き手も関心を失ってしまうだろう。


  • 今日は体育の日だから、天邪鬼的に「呼吸以外の生命活動はしない」で一日を過ごすよ!
  • 体育の日はやっぱカバディだよね!
  • マラソンをする事で、森羅万象の働きが諸行無常であることに気が付いたよ!


とか、ドン引きされてでもいいから、インパクトのある発言をして欲しいものである。


体育の日なんだから、せめて心の動きくらいはダイナミックな方が良いのではないか?