楽になりたがらない凡人。楽を追求できる人が成功する!

楽を追求したい。


楽を追求するためならば私は頑張れる気がする。


そのくらいに私は楽な事が好きなのだ。


冗談で言っているのではない。


というか皆その理屈で毎日頑張っているはずである。


将来の楽のために今の若い時間を浪費しているではないか。


あれだって言うなれば楽を追求した形だろう。


将来大金持ちになって楽をするために一生懸命勉強するのだってそうである。




何かを失わなければ何かを手にすることができない人間からすると、楽をするということは辛いことが一緒に付いてくることに自然となるのだ。


苦あれば楽あり、楽あれば苦ありなんていう思想が定着するのもうなずける。



実際問題、そんな法則だけで世の中は動いていないのだけれども、やっぱりそんなに才能がない人の方が世の中には多いので、苦労を売って楽を買うような生活しか皆できないのである。



この問題をどうするかを世の中の凡人と言われる人達は一生懸命に考えるのだ。

凡人が天才の真似をすると痛い目に遭う


そんなこんなで株をやろうと、ブログで不労所得を目指そうとか、シェアハウスをやろうとか、事業を起こそうとか、考えるのだ。


凡人の発想はやはり凡人で、やることは変わっても、やっぱり努力して楽をしよう、という本質からは変化していない。



何をやろうにも根本的な思考が変わらないから、結果も対して変わらない。


どんなに恵まれた環境でも、環境のせいにして何十回と転職している人がいるのと同じ理屈で、お金儲けの方法を替えたとしてもお金儲けの思考法、楽についての思考法が変わらないと結局何も変わらないのだろう。


どんな人間が苦労せずに楽になれるのか?


そんな疑問はやはり出てくる。


世の中の幸福な人間達はどうして楽ばかりをしているのだろうか?


そんな回答を凡人なりに考える。


幸福な人は凡人がやる仕事でも楽しくなるように工夫する。

お金の使い方が上手。

信念を持って行動している。


なんていう色んな意見はあるが、回答を探している内に、凡人はずる賢い商売人に騙されて、「たくさん頑張って少量の楽を手に入れる方法」を伝授されてしまう。


その間にも幸福な人は幸福であり続ける。

そんなこんなで凡人と幸福な人間の違いを発見する。


凡人は常に何かを追い求めているし、幸福な人間は常に幸福を享受している。

これが決定的な違いなのだろう。


きっとどんな分野でもそうだろう。



追い求めている、というよりかは追われている感じだろうか。


求めて、追われての両方の感じだ。


少なくても幸福な人間は追われたりはしない。


この違いがあるから、凡人と金持ちの差が出るのか。


それとも凡人だから自然とこういう思考になるのか。


その辺の真偽はわからない。



しかし確かなのは、楽になることは今すぐにでもできるということだ。


なのに、何ヶ月先、何年先、何十年先に凡人は幸福を思い描く。


今すぐに手に入る幸福を、ゆっくりと堪能する人間は凡人にはいないように思う。



楽になりたいなら、もうそこに楽はあるんだから、楽になったらいい。