現在に不満はありますか?それは欲望を大量に抱えている証拠です。

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今の生活には満足しているだろうか?


上手くいっている人もそうでない人もいると思うが、案外、みんな満足していないのではないだろうか?


心の底から満足している人間なんてごく少数なのではないだろうか?


そんなことを勝手に考えてみた。


いや、別に私の人生が満足いっていないからそういうことを考えているのだろうけど。

他人の考えを覗き見ることなんて不可能である限り、それは実証不能である。


だから妄想してみる。



誰の人生にも上手くいっている時といっていない時があるはずだ。


それは自分の人生の中での比較であり、さざ波のような人生を生きている人からすると、今までの人生に対した変化がなかったかもしれない。


それでも人生には良い時と悪い時があるはずだ。


その人生で一番良い時。


そんな時でもきっと多くの人は多くの何かを求めて生活していたのではないだろうか?


「そりゃあ、人生の絶頂期だとは言っても、その人にとっての絶頂である訳であって、大して裕福じゃなかったんじゃないの?」

というツッコミは承知の上である。



日本人がいくら裕福だからと言っても、毎日テレビやネットで「自分よりも圧倒的に裕福な人間の生活」を絶えず見せ続けられれば、自分は満たされていないと感じるだろう。



だから、いつも何かを求めているのだ!

という主張は確かに可能である。


圧倒的に裕福な人間は、いつも何かを欲望しているのだろうか?


問題はそこにあると思う。


要するに、テレビやネットで羨ましがられる人間でも、「何かの物足りなさ」を感じて生きているのだろうか?



その点について確信が持てれば、金銭的に裕福でない人間でも、それなりに満足感を得て生きることができるのではないだろうか?




じゃあ、どうやってそれを検証するの?という話だ。


人の頭の中を覗くことはできないのだから、結局の所、行動で判断するしかないのである。


ならばどんな行動で「お金持ちでも、何らかの不満を持っているか」を判断できるのか?



お金に不満がある人はお金を稼ごうとする、お金にがめつくなる。


そのくらいならば、共通認識になり得るだろう。


で、世の中を観察してみると、多くの金持ちはいつでもどんな時でもお金のことばっかり考えているし、お金を稼ぎ続けている。


「ある程度まで裕福になったら、その先はもうお金稼ぎを辞めて、ゆっくり生きよう!」


そんな選択肢だって取ることができるはずである。


それなのにお金儲けを辞めない人なんてゴロゴロいる。

それこそが「お金に満たされても、物足りなさ、不満感からは逃れられない」という事実を提示しているのではないだろうか?



欲望は息を吸って吐くように自然に発生される行為である。


だからこそ、お坊さん達はそれをなんとか止めてしまおうと日々努力を重ねているのである。


簡単になくすことはできない、というか無理だろう、欲望を消すなんてことは常に息を止めて生活するのと同じようなものだ。

欲望なくしては人間は生きてはいけない


だから程度の差はあっても不満は常に発生するものであると思う。


お金持ちでもそうでなくても、不満はあるのだろう。


とはいえ、その現状に対する不満こそが、人類の進歩発展に繋がっていることは揺るぎない事実なのだから、ポジティブな考え方をするならば、人は挑戦せずにはいられない、ということなのだろう。


よって、「不満を持つ生活」とは満足に生きている証拠なのだ。