日本人の平均寿命は70歳くらいだそうだが、私がいつ死ぬのかは不明!だから老後の事を案ずるのは不要!

私は何時何分何十秒に死ぬの?


どうにも不思議なもので、寿命まで生きると考えているし、その寿命はどうやら70歳を超えるらしい。


まぁ、確かにその年齢まで生きる人が多いからこその平均寿命であるから、そこまで予測が外れているとは言えないだろう。


しかしそれは平均年齢なのだから、70歳以上で死ぬ人もいれば、70歳以下で死ぬ人もいる。


だからこその平均である。


その平均値で私が死ぬ、という確証は当然ながら存在しないのだが、どうにも多くの人間が平均の値に合わせて財産の心配や将来設計をしているようだ。


その考えって、どうなんだろうな、と思う。

皆がそうだと、私もそうなの?


平均値がそうであるから、私の人生もそうなるに違いない!という考え方は多少強引ではないだろうか?



このテストの平均点は70点だから、私も絶対に70点が取れるに違いない!と考えるのはおかしい話である。

そんな事を考えて勉強しないでいれば、当然70点以下になってしまっても、それは当然の成り行きである。



それと同様な具合で、平均値がそうであるから、私の人生もそうあるべきだ!と考えるのも、やはり無理があるのではないだろうか?



平均値が70歳であるからと言って、70まで生きる保証はないし、70まで生きる義務だってない。


だから70まで生きる事を想定して金策やら将来設計やらを決定する必要もない。

あるものを全部使い切る必要はない


「私の人生は50まででいいや、でもその代わり、密度の高い人生にしよう」

みたいな考え方だってOKだろう。


どうにも多くの人は「自分は長生きする」「だからそのために安定して生活をしよう」「無難に生きよう」みたいな思考に偏ってしまっているように思える。
(無論、私の周囲の人間がたまたまそうだった、ということもある)



別に将来がどうなってもいいくらいに無茶苦茶に生きよう!という極論を提言している訳ではない。



しかしながら、自己実現とか個性とか好きなことで生きていく、とか言われている中で、どうして平均値に収まるような人生を設計するのかは不思議である。



当然、年を取っている人間方が保守的な思考に傾くのは頷ける。


しかしながら、若い人も同様に、非常に保守的な考えだったりする。

盲信の何が楽しいのだろうか?


現代が不況だからだろうか?

それとも昔から若者というのは、そういうものだったのだろうか?


その辺の真偽は不明だが、10代20代のうちから、安定とか守りとか老後の事を考えるのは、私にはどうにも不思議でならない。



まぁ、世の中というのは何がどうしてどうなっていくのか、なんていうのはさっぱり不明であるから、何が正しいのかは不明である。


だから、そういう保守的な生き方が将来的に幸福をもたらすのかもしれない。


だがしかし、ここで問題なのは「なんの確証もないのに、何故か多大な信頼を集めている正しさ」というのがあって、それをみんなが何も考えずに盲信しているような気がしてならないのである。