対処策がない原因不明の事態についての愚痴【不明なバグには蓋をしたい】

わからない事に遭遇する


生きていれば何か問題に出くわすことがある。


それが大きかろうが小さかろうが、自分にとってマイナスの要素であれば、当然それを取り除こうとするのは人間の自然な反応だ。


これは私生活でも社会生活でも同じ話だろう。


しかし問題を解決しようと試みても、どうやっても原因が不明であって問題が解決できない、なんてこともよくあったりする。


なんとかしろ!と言われても、不明な物は不明である。


その事実はどうやって努力した所で覆す事ができなかったりすることがあるから、やっぱりそう報告するしかないのである。



そんなこんなで解決できない期間が長くなると、色々な人が協力してくれたり、皆が解決しようと試みてみるのだが、それでもやっぱり解決できないことってある。



そうなると、結局の所、みんながみんな知らん顔をしてその問題から離れなくてはならなくなる。


別にそれは逃げとか不実とかではなく、どうしようもない事なのだから、やはり仕方がない。

臭い物に蓋をしても、そこに臭い物があるという事実は変わらない


とりあえず、臭いものに蓋をして次の何かに向かっていく訳だけれど、だからといって問題が解決された訳ではないから、それによるマイナス要素っていうのもの当然残り続ける。



マイナス要素がその人、その集団にとってマイナスになるのは言うまでもない事なので、度々足を引っ張る事になる。


それが1つや2つならば別にどこの個人でも集団でもあることだから、何の問題もない。


だけれども、それがもっとたくさんの量になってくると、そのうち前に進めなくなって、息ができなくなって、止まってしまうことになる。



臭い物に蓋も、いつもまでも続けていれば、自らを蝕んでしまうのである。




じゃあ結局、原因不明の事態をなんとか解決しなくてはいけないのだけど、原因不明は原因不明だからやっぱり解決ができないのである。



ならもうどうしようもないじゃん!



という所が実際の所である。

複雑化の力はプラスにもマイナスにも偉大である


物事が絡み合って複雑化すると、見えない不思議な何かが発生するのである。


人と人が関係していくと、なぜか争いが発生するのである。



面倒な事ではあるが、やっぱり要素の数が増えれば、それに伴って発生するパターンの数は天文学的な数字になるから人間には処理しきれないのである。



だからやっぱりどうしようもないことは、どうしようもない。


社会は歪むし隠蔽されるしいずれ露呈されて解体されて生まれ変わるのである。



自然の摂理は偉大である。



まぁ、そんなことを誰に言っても怒られるのは目に見えているので、とりあえずは原因究明に精を出すのである。



そうすると、なんやかんやで見つかることもある。