できるだけニュースは見たくない気持ちがある。

ニュースを見て楽しい気持ちになったことがない


久しぶりにニュースを熟読した。



嫌な気分になった。


なぜなら、嫌な気分になるニュースしか公開されていなかったからだ。


他は芸能関係のあんまり知らない人が色々やっているもので興味のかけらもない。


当然ながら、悪事は暴かれて罰を受けなければいけないから、ニュースとして取り上げられるべき事なのは確かだ。


しかしながら、そういう気分を害するような情報ばかりを閲覧していると、当然胸糞が悪くなる。


何の罪もない人間が無知や悪意の塊のような人間から被害を受ける。


そんな情報をいくつも突きつけられれば、誰だってそうなるだろう。


久しぶりにニュースを見た私は、しばらくニュースを見たくない。


あんな情報を毎日大量に仕入れている人は勇敢であり、現実から目を背けない立派な人なのかもしれないが、人生は暗く沈んだものになってしまう気がする。


見たくないけど、存在するもの。


見たくないけど、見なくてはならないもの。



そんな情報は現実にゴロゴロ転がっている。


そしてその現実は人間ひとりの力でどうこうできるような問題ではない。


だからこそ余計に目を背けたくなる。



どうなのだろうか?


どうしようもできない悪い現実ならば、見ない方が利口なのだろうか?


変わらない現実と向き合っても無駄に人生をつまらなくするだけである。


それに良い事だけをまとめた媒体だってきっとどこかにあるだろう。


ならば、そんな情報だけを見て生きる生活だって人生である。


ニュースだって、あれは悪い情報ばかりを集めた媒体なだけである。


きっと良い事だけを見つめる人生も、それはそれでありなのだろう。



私が何もしなくても良い事は起こるし、いくら頑張っても悪い事は起こる

私がどう頑張ってもどうにもならない何かが、この世の中には星の数ほど存在する。


仕方がないことだとは思うが、だからと言って何もしないことが良い事だとも思わない。



どうにもならない現実で、どこに向かっていいのかわからない感情が渦巻いている感じである。


しばらくニュースを見なければ、きっとこの感情はじきに収まるだろう。


それはそれで一つの解決策である。


毒を放り込み過ぎたのだから、しばらく毒を摂取しなければ良い。


しかしながら、毒を体に含んでどうしようもない感情になってしまった時の思考の方向なんかは、やっぱり今のうちに考えおいた方が良いのではないだろうか?


そうしないと、前にも後ろにも進めず、どこへも行けなくなってしまう気がする。