ブログのアクセス数は「奇人変人少数派マイノリティの目立ちたがり屋」が勝ち取る!

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ラブライブはやっぱり強いなぁ

当ブログの人気一番はここ最近ずっとラブライブである。


別にそこまでの熱をラブライブに対して抱いている訳ではないが、気まぐれで書いたらそれ以降ずっと人気記事である。


どうにも納得行かないが、理由は理解できるのである。



「だって、私が書いている記事って検索で入って来られるような内容じゃねぇじゃん」


という話である。



まぁ、好きなように好きなだけ何かを書きたい!という私の欲望を十分に満たしてくれているのだから、別に問題はないのだけれど、それでも何か腑に落ちない。



自分がいくら努力したかどうか、いくら熱を入れたかなんて要素は、世間には何の意味を持たないという事なのだろう。

現実はいつだって現実である。

だから自分のブログにアクセスが欲しいのならば、他の人が使っていないキーワードを使用して記事を執筆しなくてはならない。


というか自分だけが使っているキーワードを使用して記事を書けば、当然検索で引っかかるサイトは自分のサイトだけになるのだから、アクセスは増える。


だからこそ「特化ブログ」なんてものが世の中に出現するのである。



そうでもしないと、普通の人間が書くことなんて似たり寄ったりになってしまうから、一般大多数に埋もれてしまうのである。



「個性が大事!」と主張される現代社会において個性を発揮すると、「出る杭は打たれる」な感じで潰されるけれども、ブログの世界では本当に個性が大事な世界なのである。

マイノリティが勝利する時代


この世界においては奇人変人の方がアクセスを集めるし、少数派の方が優遇される。



社会生活とは逆の現象が発生しているのである。


というか古い社会から新しい社会へと、本当に変貌していることの兆候なのかもしれない。



昔は皆と同じ属性になった上で、その中で上位を目指すことが成功の条件だった。


しかしながら、今は他人と同じ属性になった時点で失敗であり、自分だけの属性を手に入れることこそが成功の条件となっている。


そういう意味では「馴れ合い」とか、「飲み会」とかは仮に存在しても、存在理由は大きく変わるのかもしれない。

奇をてらえ、目立て!


なんであれ、今の時代は「とにかく目立て」がキーワードである。


それこそブログの内容で良い悪いを決定するのは非常に難しいのであるから、認知されるか、されないか、という基準でしか判断ができなくなっている。


文章の素晴らしさに得点はつけられないし、思想の素晴らしさに得点をつけてしまったら争いが余計に増加してしまう。


だから、わかりやすいアクセス数というもので何かを測るのである。


人間は数字化するのが大好きなのである。


特に男性はそうであると思う。
(ドラゴンボールを見てると本当にそう思う。)


いやでも女性もそうだろうか。
(男性の判定基準に年収という数値を活用している辺りとか)


まぁどの道、多くの人達に何かを判断させるには数字を用いた共通の指標が必要だ、という話である。


そのためのアクセス数である。

アクセス数のためのキーワードである。

キーワードのための個性である。



結局、大衆の上に立ちたいという欲望は、個性が豊かになりつつある現代でも、人類共通の欲望なのである。