被害者ビジネスが増え過ぎた社会で、倫理観やら道徳に基いて謝罪とか責任とかを求めるのが間違っている

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この世は不思議と被害者ばかり

世の中には、被害者がいれば加害者もいる。


当然ながら、被害を及ぼすためには加害者が存在する必要がある。


だから、被害者と加害者の比率は、5対5とはいかなくても、ある程度の均等さは保たれるはずなのである。



しかしながら、実際の所はそんなことがない。


誰も彼もが「自分は被害者だ!」という主張を声高に叫ぶ。


自分がどんなに苦しい思いをしてきたか、辛いを思いをしてきたか、耐えてきたのか。


そんな事を延々と語り尽くすことは、きっとほとんどの人ができるのではないだろうか?


「誰に私の話を聞いてくれない」と被害者面をする人間が、全く人の話を聞かないで、いかに自分が苦境に立たされているかをいつまでも語っているのを見て、私はそう感じる。



まぁ、誰もがそんな性格を有している訳ではないし、誰もがそれを厚かましく実行できる訳でもない。


しかしながら、加害を主張する人間と被害を主張する人間のバランスは著しいほどに崩れている。



当然と言えば当然である。

被害者はお得!


自分が加害者である事を主張しても、自分の罪と暴力性と無能さを露呈するだけであり、何一つ得することはない。


だから、人は自分の罪を必死で隠蔽する。


仮に罪を犯してしまったことを認めなくてはいけない状況に立たされたとしても、それは「自分もまた被害者であったから、仕方なくそうなったしまった」という風な主張を行う。


一方、被害者は加害者に比べて得をする面が多い。


被害者であれば、加害者から謝罪や金銭を要求する事が堂々とできるし、周囲の人間からも同情されるから優しく扱って貰うことができる。


さらには、被害者というのは、同情されやすく、かわいそうな立場の人間であるから、今後の社会生活においても、攻撃されにくい対象となる。


かわいそうな人間を攻撃する人間は悪辣な人間である、という烙印を押されるからである。


よって、被害者は多分にお得な要素が含まれるから、被害者を主張する人間は増え、加害者を主張する人間は減るのである。




この原則は現代に限った話ではないかもしれない。


しかしながら、人間がコミュニティを自由に移動できるようになった現代だからこそ、被害者を主張する事のメリットというのが大きくなっているようにも感じられる。


要するに、自分が加害者になってしまったら、他のコミュニティに逃げ込んで、「自分は被害者です!助けて!」と声を上げる事が可能になってしまい、なおかつそれが有効な戦法になってしまっているということである。



昔ならば、自分の所属するコミュニティを容易に変更する事が困難であったから、自分の罪を正直に認めて謝罪して責任を取って行動を改める、という一連のプロセスを通して周囲の人間からの信頼を回復させなくてはならなかった。



しかしながら、これだけコミュニティの変更が容易になってしまうと、焼き畑農業的な生き方でもなんとかなってしまうのが、困った所である。



だから現代には、被害者が激増しているのだと私は考える。

謝罪だって損得勘定です


で、これだけ被害者である事がお得になってしまい、ビジネスとしてまで成立してしまう程に成長してしまったのならば、もう他人に謝罪とか責任とかを求めるのは難しいのではないかな、と思うのである。


そんな事をしても、すぐに逃げられるし、相手だって「私が本当の被害者なのだ!」と主張する可能性だって高い。


そして、罪を認めさせた所で、罪を償わせる事はそれ以上に難しいという事である。


法律やら警察やら裁判やら、多大なエネルギーを消費して、やっと相手に罪を償わせる事ができるのである。


とはいえ、本当に被害を受けた人間がおざなりにされるのは間違っている。



だから、これからは道徳心とか倫理観とかに訴えかけて相手に罪を認めてもらう事はやめた方が良いと思う。


そんな余計なエネルギーを消費するよりは、もっとドライに、


・法律と警察と裁判についてエネルギーを費やす

・相手がどれだけ被害者ぶって嘘をついて罪から逃げようとしているかを、コミュニティに知らしめる

・声を大きく、自分が被害者である事を周囲に主張する


という行動を取った方が良いと思う。

悪人には対しては冷徹に


被害者ビジネスを行う人間は、道徳心や倫理観なんてものを所持していない。


だから実益に焦点を当てて行動をした方が、結果として得になる事が多いという話である。



どうにも人が良すぎる人間ほど、罪を犯した人間に対して、内輪だけで、本人の反省だけで、事を終わらせてしまおうとする。


罪を犯した人間にも道徳心や倫理観が存在すると信じて行動してしまう事がある。



しかしながら、どうしようもない人間というのは残念ながら存在する。


だからこそ、被害者ビジネスに対抗するだけの思考法と策略は練っておいた方が良い。



優しすぎる人間、人が良すぎる人間ほど被害者ビジネスに弱い傾向にあるので、厳しい心を持って欲しいと思う。