イロトカタ

純然たるイロトカタです


【早く死んだら貯金は意味をなくす】お金を使うタイミングは難しいよね【長生きするなら消費はリスクになる】

お金の使い所


人間万事塞翁が馬なんだから、いちいち考えても仕方がない!


と考えて簡単に割り切ってしまう事ができたならば、何の問題もないのだが、優柔不断な私は大きな選択をする時に考え過ぎてしまう。


右を取ったら左は取れない。


左を取ったら右は取れない。


右と左の価値を数値化して正確に計量することは不可能であるし、両者に大きな価値の違いはない。


工夫をすれば、両方を得ることができるケースも存在するけれど、全てにおいてそうなる程に現実は優しくはない。


何かを手に入れる時には、同時に何かを失っている事を意識してしまい、ひどく心が固まってしまう事がある。




生きとし生ける者は時間的、物質的な面で大きな制約を受けているのだから、やっぱりはそれは仕方がない。


そしてその問題には最適解みたいな何かはあったとしても、全てが叶う訳ではない。




だから、どんなに優れた選択を行ったとしても、場合によっては不遇な状況を強いられてしまう事だってあるのだ。





お金が無限にあればいいのになぁ、なんて事を考えるついでに、そんな事を考えていた。


貯めても使わなければ、金銭と今までの努力は無駄


お金の使い方にも色々あって、使い方によっては増えたり減ったりするのだけれど、最終的に自分の幸福に繋がらなければ意味は薄いと思う。



だからと言っても、自分がいつ死ぬか、という情報を正確に入手している人間は非常に少ないのだから、お金を使用する最適なタイミングは誰も知る事は難しい。



つまりは大富豪以外ならば、誰だって抱えているジレンマである。



使えば今幸福になれるけれど、使うと将来不幸になるかもしれない。


という話を延々と考えているのである。




まぁ、はっきり言って無駄。


そんな事は自分自身、重々承知しているのだけれど、どうにも脳みその片隅でいつまでも下らない事を考えてしまう。




なんでも思い通りになる最良の人生はありえないと認識している。


なのに、全てにおいて最良の選択を行う人生はありえると考えてしまっているのだろう。



だからこそ、あちらを立てればこちらが立たず、みたいな状況で悶々と悩んでしまうのである。




我ながらわがままで優柔不断な性格だと思う。

私の寿命は不明だから、腹をくくる


結論としては、やはりアレコレ考えても人生なんてどうなるかわからないのだから、丁度いいタイミングでスパッと結論を出して振り返らないのが良いよね。


という話になる。



当たり前の事を当たり前に理解して、当たり前に実行できれば、大体の事は上手くいくのだろうなぁ、と思う。