【冬の暖かい日に】過去の成功体験が将来への先見の目を曇らせる

人は寒すぎると健康を害する

今は冬である。


だから基本的には寒い、とても寒い。


コートやらマフラーやらホッカイロやらなんやらを体中に巻きつけて、鳥肌を立てて体を震わせて、凍っている体を少しでも溶かすようにして歩いて行く。



人間は寒すぎると体に異常が出て、体調が悪くなって、場合によっては死んでしまう可能性があるから、寒いのには気をつけなくてはならない。


寒い冬に暖かくなるような服装と行動と環境を用意する事は至極当然の事なのである。



それによって我々人間達は原始時代から現代まで生命を永らえさせて繁栄させてきたのである。


寒さを制する事で生命を勝ち取ってきた生物、それが人間なのだと言っても過言ではない。

寒いのを改善する方法とは


さて、その寒さ対策である。


対策というのは、現状の質量的不足や構造的な欠陥に対して、是正するための策を練って実行する事である。


今回の場合であるならば、私達の体にとって温度が足りていない状態によって不利益を発生させてしまっている。


具体的には、家から出る事ができない、布団から出る事ができない、外に出たくない、働きたくない、寒くて辛い。


なんていう不都合が生じているのである。



よって今回の場合は質量的不足である。


人間の体に熱が足りない。


ならば対策は簡単である、温めれば良い。



自分の体から放出させる熱を増大させる。

自分の体から放出される熱を低減させる。

熱を発生させる仕組みを身の回りに設置する。



そんな方法によって人間は熱を得て、安心安全で快適な生活を手に入れるのである。

人は暑すぎると健康を害する


だがしかし。


これにはある盲点がある。



熱を増やす、という対策は、寒いという状況があってこそ有効な方法である事を私達は寒すぎる環境によって忘れ去ってしまっているのだ。


先週は寒かったから今週も寒いだろう。

昨日は凍えてしまったから今日は万全の準備をしよう。

今日は寒すぎて絶命の危機に瀕したから、ホッカイロを持っていこう。


そんな風に過去の自分の出来事から、将来の自分がどうなるかを予測して行動を決定していくの人間だ。


これこそが人間の発展において重要な性質であると同時に、現在の状態を正確に認識できなくなってしまう要因なのである。



要は、冬でもたまには暖かい日があるのに、「冬は寒い」という思い込みが全力全開で頭の中を駆け巡っているから、暖を取るという思考と行動のみが脳内回路と神経回路を占拠して、暑苦しく無駄にエネルギーを消費するという間抜けな状態を作り出してしまうのである。



本当にこういう状態はよくある。


我々はよくドキュメンタリーとかなんかで、貧乏家族がいきなり宝くじに当然して、急にお金持ちになったものの、倹約癖が全く抜けなくて、いつもと同じような生活を続ける様を見て、笑ってバカにしてしまったりする。


しかしながら笑えないのである。


我々だって、寒い日が続くと「これからも寒いに違いない」と固く思考を凝り固まらせてしまい、ふと暖かい日が来たにも関わらず、汗だくになって必死で体を温め続けていたりするのである。

習慣は人を変えるが、習慣は人から考える力を奪ってしまう。


継続は力なり。


つまりは習慣の力は強大であるのだ。


その強大な力を知って、自分の現状と行動を鑑みて、過去の体験だけにこだわらずに行動していける人間こそが、冬の暖かい日にコートを着て汗だくになったりしないのである。



これは寒い暑いだけの問題ではない。


金銭にも社会的風習にも、その他あらゆる現象に対しても応用できる考えである。



周りがやってるから、前がそうだったから。


といった無思考よりかは、今の自分がどうなのか?今の世界はどうなのか?を基準に考えるべきである。


そっちの方が絶対に効率的で気楽である。