【努力は自己満足】努力は世界からすればまるで無駄だから、自分のために努力しよう!

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努力する事は私にとっては幸福であり満足している

私は努力をする。


結構する方だと思う。


一度やると決めた事は毎日決まった以上の時間は行うし、分析もするし、新しい事にも挑戦する。



そのおかげで、私は平均以上には成果を上げることができている。



だから努力をしていて良かったと思う事も少なくはない。



努力をすれば自分の成長を実感する事ができるし、日々の変化だって楽しめるし、周囲の人間との差をつけていくというのは快感だ。



だから今後も私は努力を続けるだろう。


暇で自由なのは好きだけど、退屈なのは嫌い。



前者を手に入れるには努力が私には必要なのである。


平凡過ぎる毎日に私は満足を得る事なんかできないのだから。




しかし私の努力は世界にとっては何の役にも立たない。まるで無駄。


だがしかし。


私は凡人である。


ただの勤勉で平均よりちょっとマシくらいの、どこにでもいるような人間である。


これから先の私に対しては素晴らしい展開を期待する事この上ないが、現実として今までの私はやっぱり凡人の冠を贈呈したいくらい平凡だった。



皆と同じように苦しんで。

皆と同じように楽しんで。

皆とはちょっとだけ頑張って。


まぁ、その程度である。



そんな人間から生み出される努力による成果。


それは小さな会社や社会にとっては多少の利益になるだろう。


勤勉だろうから印象も良いだろう。


気遣いもそれなりにできるから心地よく思ってくれていると信じている。


しかしながら、所詮はその程度なのである。


世界を大きく変えるような発明をしてきた訳でもないし、私が今この瞬間に存在を消失させたとしても、明日の社会に何か異変が起きる訳ではない。



「よくある事」として平然として対処される。


私の努力は、井の中の水の揺れを少し大きくするだけの事であり、井の外の海の流れに何ら変化を起こす事はない。


ネガティブな感じになってしまったが、今までの私は少なくてもそうである。


そして、この世界の大半の人間が、そうである。



だからこそ自己満足の努力を満喫しよう

まぁ、平凡な人間一人の人生に対した価値はないのである。


それが残念ながら正直な現実である。


それを都合の良いように解釈するならば、自分の才能を好きなように活用して、好きなように生きて、小さな期待を裏切って生きても、大した問題はない、という話にもなる。



そんな気軽な気持ちで行う努力は絶対に自由で気楽で心地が良い。


努力を思うままに楽しむ事ができるのは、余計なプレッシャーがない人間だけである。



そして逆説的ではあるが、そんな感じで何の抵抗もなく自由に自分の満足を追求する行動こそが、この世界を大きく変える発明になったりするものなのである。



そうやって無理やりにもで前向きに考えて楽しく生きていこう。



望んでいようがそうでなかろうが、生まれてしまって、ここまで生きてきたのだから。