私の人生のボトルネックはお金だ。人生に速度制限を設けて強制的ブレーキをしているのはお金のせいだ。

膨らむ欲望


腹の中では欲しい物がある。

心の奥底ではやりたい事がある。

表立って考えた事はなかったけど、ずっと望んでいた事がある。



人間の欲望は自分では認識しきれない程にたくさんあり過ぎるし、その欲望の大きさは尋常じゃないし、さらには欲望は刺激すると大きく膨らむ。


膨らんだ欲望を分割して処理しようとしても、分けた欲望が膨らみ続けるから結局対処のしようなんかない。



だから人は自分の身の丈に合った欲望だけを、自分でなんとか実現可能だろうと思われる欲望だけを、自分の意識で認識して、それだけはなんとか叶えようとする。



本当に叶えたかった願い、欲望なんかでも「私にはできない」という無意識下の制限が掛かっていると、はっきりと欲望する事すら困難になる。




無論、それは合理的な判断である。


そうでなくては人間は絶望に押し潰されて、息もできずに、希望する事も叶わず死に絶えてしまうだろうから。

お金は欲望を解放する

では、人間の欲望に制限を掛けている奴は誰なのだろうか?


これは私の場合は一重に言ってお金である。



お金さえあれば、私は仕事をほっぽり出して秘かに願っていた趣味に没頭して幸福と快楽に満ちた人生を送るだろう。


お金さえあれば、私は私に自信を持つことができ、秘かに好んでいる女性にアタックを仕掛ける事ができるだろう。


お金さえあれば、私は私の将来に不安を持つ事がなくなるから、陰ながら挑戦したいと望んでいた夢に挑む事ができるだろう。



まぁ、これは言い訳だろう。


しかし事実だ。


紛れもない事実であると私は確信している。


確かに、お金がなくても後先考えずに行動挑戦、自分の欲望をさらけ出す事ができる人がいる。


でも、それはただそれだけの話であり、そういう人がいるからと言って私も同じ事ができるかとは、また別の話である。



これは性格の問題であり、遺伝的な影響による貯蓄に対する安心度の捉え方の違いであり、はたまた親や学校からの教育による賜物である。



修正できない訳ではない。


まぁ、遺伝から来るものだと難しいかもしれないけれど、性格や親や学校からの影響ならば、再度自分の性格を塗り替える事はできなくもない。



時間は掛かるがその方向性を探っていく事は勿論大事だ。



だがそれ以上に大事なのはやはりお金である事は忘れてはいけない。

やっぱりお金は大事

お金がなくても挑戦的で欲望に一直線でいられる人でも、お金がなくなれば物理的に行動できなくなるのは自明の理なのだから。


よく聞く英雄譚的な話や名言的なセリフでは、「財布の中身が空だったけど、とんでもない挑戦をしたらすごく上手くいった。だからお前らもやればできる」みたいな事が言われるけれど、その裏でどれだけの敗者の死体の山が積み重ねられているのかをしっかりと考えなければいけない。



死人に口なし。きっと敗者にも口はないだろう。よって成功譚のみが世間に流布される。


だからお金は大切であり必要である。


自分の隠れた欲望を認識するために、叶えるために、自分の欲望を大切にするために、お金についてもっと考える事に私はする。