足が臭い事によってまず自分が苦しみ、その臭さによって周囲の人間も苦しみ、さらには「コイツ臭い」と思われる事によってブーメラン的にもう一回苦しむ事になる。

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足の匂いは臭い

自分の体臭というのは自分では中々気が付かないものらしいですね。


人間は朝起きた時には結構な体臭を放っていて、他人からすればそれは悪臭であり近づき難いものらしいのですが、自分では全く自覚できません。




足の匂いについても似たような事が言えます。



匂いというよりかは臭いですかね。


良い匂いの足なんてものは人工的に作成された物でしか存在しない概念であり、現実の足というのは誰のものであっても臭いです。


そんな臭い足は、自分の領域内にいる間についてはその臭いを体感するのは自分だけであり、大した問題にはなりません。


被害を被ったりすることは一切なく、むしろ自分から自分の足の臭さを嗅ぎにいく、という人もいるくらいですからこの世界の広さを再認識させられます。


どんなに悪い性質の物を所有していても、それを自分の領域内で管理できて周囲に一切の迷惑を掛けないのであれば、それは個人の好き勝手にすれば良い、という事なんでしょう。


足の臭いには油断禁物

人は私的な空間から公的な空間へと移動する時、足を使います。


足を使って外へ出て行きます。


当たり前の事ですが、その時足の臭さも一緒にお出かけさせなければいけないのです。


この点に繊細な感性で察知して、その危機的状況を把握している人間ならば、すぐに消臭スプレーをするとか、出かける前には足を洗浄してからにするとか、そんな対策を取ります。



しかしながら、世の中のわりかし怠惰な人間達はそんな発想には至りません。


私の足は確かに臭いけれども、外に出る時には靴を履くのだから臭い匂いが外へと放出される事はない!だから安心だ。


という思考で留まってしまう人も一定数いるのです。


しかしその発想は浅いと言わざるを得ない。


これは怠惰というよりは想像力の欠如なのである。


聞けばなんでも答えてくれるネットの発達のおかげか、日本社会特有かもしれない「本音を言わないで誤魔化す」文化が存在するせいなのかは不明であるが、自分の足の臭いがどれだけの破壊力を持っているのかを知らない人がいる。

靴を脱ぐ時、それが終末を意味する事も知らずに


例えばどうだろうか?

誰かの家やホテルに上がり込む時に靴は脱ぐのではないだろうか。

マッサージを受ける時は靴を脱ぐのではないだろか。

服の試着をする時は靴を脱ぐのではないだろうか。


友達の家もマッサージも服の試着も、予定の範囲外で行われる可能性が高いイベントである。



そんな時に足の臭さが解放されてしまった時の破壊力。


自分のテンションの下がり具合と、周囲の人間の妙に温かい優しさ、客観的に自分の足の臭さを体感した上でも「何この臭い、訴えられても仕方がないレベル!」という感想。



どれも私と私の周りの人間を辛く苦しい気持ちにさせてしまう事は必至である。



足の臭いには気を付けよう。


足の臭いは自宅では温厚な奴だが外に出た途端、いつ暴れるかわからない凶悪なモンスターになる。